D o g s Diary 2006 Diary 2007 Links Travel

071231_大晦日

残る仕事は新年用家族一年箸の袋書きだけとなった。

今年後半は作品のデータ整理に翻弄された。捨ててしまえばいいのにと苦笑、人類を滅ぼすのは人間、と頭をかすめる。

文明の発展や人類の進歩は、地球のさまざまな生き物にとっては迷惑なことだっただろう・・と昨年暮れ始まった内山節さんの新聞連載は年を越して充実し、まだまだつづいていて、来年も楽しみ。


「夏の三城で」

「切なさ」は、だからといって現代を生きていく僕達の美しい哀しみ、、
難しい注文ではあるが、暮れの I氏の言葉が心に残っている


「冬の三城の道」

薪をくべておせち料理の手伝いをしながら、不便さに覚える安堵は貴重となった
伝統的なもの、、なんと美しく、環境と共に生きながらえる可能性を秘めていることだろう



「松坂_長屋町を望む」


楽しかった数々の思い出に包まれて今年最後の日を迎える。
自分でも忘れていたさまざまな作品、しかし有害な廃棄物にならなかったことは救いである。
還暦を前に、それにしてもよく食べて来れたことと、感謝を新たに、、この時期珍しい雨が、夜半から雪に変わっている。


「入山辺地域仲間と_正月のわら細工」


070825_夏の終わり_四季への感謝


集い

庭をいじる、いじらなければならない者にとって、夏の終わりは祈りを伴って疲れと落胆の季節となる。
春のはじまり・・・ 昨秋のおわりから使ったままでいた道具類を見て我に返る。それから錆びついた車輪に油を差し、鋏を研いだり、新しい庭道具を物色したり、種を蒔いた夢の季節が、僕に重たくなった右足を残して消えてゆく。

およそ大まかな分類・・自然の造形と常に欠陥を伴った人為のかたち。自然はいつも美しく鷹揚で、姑息な人の仕事を、ほんのつかの間大目に見てくれているが、時の経過と共に手厳しい。

二十年の間に敷地は自然に還り、僕の左手は五十肩の後遺症とパソコン仕事で動きが悪く、この夏は運動の必要もあって庭の整備に明け暮れていたが、それは造園というよりは、落胆の気持ちに溢れた整理といった方がふさわしいかもしれない。
木を倒す、土を掘り起こす時によぎった疑問と後悔、もうやめようかといった気持ちは、それでも野原と化した芝生が与えてくれた集いの風景、笑顔に包まれた夏の思いでに救われる。

作ったものの写真の整理をはじめる気持ちになったのは、新しい季節が与えてくれた贈り物。秋のはじまり・・・僕は新しい意欲に包まれる。それは作品集や自己伝のような気の利いたものではなくて、夏の終わりと同じように、苦笑に満ちた僕の手が経験した時間といったものだろか。
秋のはじまりもまた夢と感謝に満ちている。


池のほとり_つりふねそう_070821庭で

リコーGX100 f4.1_s1/176_ISO80


070705_梅雨の晴れ間


新緑から梅雨入り。
続いた展覧会が無事終了、礼状を書き終えると昨暮れからかかっていた桑厨子の制作が待っていた。

三十年前、父に習った仕事の反芻へ没頭した長い時間。完成の姿は、代え難い美しいかたちとなって手と精神にふたたび刻み込まれる。
納品を終えてふと我に返ると、すでに庭はたくましい緑に覆われていた。

この地に憧れ、脚を踏み入れたのは1984年36歳、造園の仕事は、空の見えない林を切り開くことから始まった。
ガーデニングと呼ぶには、大がかりすぎる仕事、すでに高い樹上は怖く、スコップが僕の手に重たい。それでも僕は未来からこの地を預かっていて、美しい人為は僕の興味と義務で、変わらぬ大切な仕事でもある。

当時作った池へは、変化なく悠然と湧き水が注ぎこんでいる。いつ植えたものだったろうか、思いで深い草花達が迎えてくれている。
思いもかけない種が勢いを増して素人ゆえの落胆、気を取り直して斜面を下りる。藪に入る。
ささゆりがひっそりと美しい花を咲かせていて香りを放っている。



楢を倒す_2003年秋


070508_復刻 星を見る椅子_明日から展覧会



搬入前日深夜、手縫い隊ようやく完成、木と皮の天然素材、手作り金物、鍛鉄フレーム、綿色仕上げすべてに納得。

10年ぶり復活、星を見る椅子は細部にわたり、デリケートにリニューアルしてどうやら完成しました。
採算度外視でも納得のいく仕事というものは気持ちのいいものです。本日三時から搬入展示作業に入ります。
若者が手伝い、技術や思想が継承されていく〜息が切れてもやりがいがあるものと再認識しています。

昨日はNHK、キラリ旬の人を再放送してくださいました。山崎さんありがとうございます。
東京組、湘南組も応援に来てくださいます。ご高覧、ご指導ご鞭撻よろしくお願いします。







070506_正方形の魅力


「島桑材木地拭仕上四方堂」
1997年春 高さ約15cm

昨冬、高山へ出向いた折り、正方形平面の美しいお堂に出会い、特に有名な風もなく、ひっそりと雪の中にたたずむ高貴な姿が印象に残りました。

人の居住空間の平面は長方形が普通で、日当たりの点でも使い勝手から考えても理にかなっています。
一方、塔や一部の堂の平面は正方で、これは使うことを優先する必要のない建造物だからかも知れません。

正方というのは、正円と同じく欠点のない形で、縦横の比率が生じると、美しさについて結論の出ない議論が生じます。

写真や絵画の世界でも同じ事が言えて、人にとっては長方形が使いやすいようですが、正しい方形は、実用を離れて、普遍的な美を備えているのかも知れません。

工房の窓は正方形を基準に設計し、作品にも正円のサークルテーブル、正方のいろりテーブルがあり、設計時にそんな事を思い描いたことを雪深い美しい季節の高山で思い出しました。


この作品は祈ることにとらわれず、絵画や彫刻などと同じように、美しい工芸品として、生活の場を彩ることを念頭に計画しました。

父の代に仕入れた島桑にようやく出番が回り、日本の美しい基本の造形と、桑本来の色をひきだす木地を蝋で拭く手法、蝶番を廃したシンプルな構造でこの樹の魅力を最大限発揮してくれています。



2006年3月高山で

070504_木彫像2007_作品3



麻布十番の画廊「うちだ」は骨董以外にも現代の個性的な作品を扱っていて、「紙舗 直」の油紙や、アフリカの貨幣に心ひかれ、そのころ手に入れた覚えがあります。2000年の個展「共に年を重ねていく家具」で島桑の厨子を制作した際、探し求めていた像「MIROKU」に巡り会ったのもこの画廊で、財布も確かめずに2体を買い求めました。

栗田宏一さんは、外国ヘ旅行した際、現地の土を持ち帰り、銀に混ぜ穴釜で焼成する独特の手法で焼き物を作っていらして作品が香しく、素材と土と炎の織りなす風合いと造形は、時代を下りるごとに理性で完全を目指す文明とは対極で、縄文の野生と現代の美感と僕達の不完全が、混ぜ合わさったような不思議な魅力にあふれていて、以来僕の作る厨子の中身は、彼の作品以外にないと心に決めていました。

しばらくして「うちだ」を尋ねると、栗田さんはもう作品を作らないということで困惑落胆し、尋ねてお願いしようかなどと雑談、内田さんにご自分で彫るのが一番いい・・というようなことを仰ってもらったのが七年前になります。

その後、内田ご夫妻はなぜか画廊をたたまれ、長野でお百姓を始めたという便りをいただきましたが、現代は僕の大切にしているものは生きられない時代なのかと笑います。これは滅びの美学といったものでしょうか(汗)

椅子など、さまざまな模索をしながら、暮らしの中で手許にあることを理想に制作を始めた厨子ですが、以来心に残る像に出会うこともなく、明石B邸と伊豆山「蓬莱」に納めさせて頂いた厨子と像の組み合わせは僕にとって幻のような作品となっていました。
ご自分で彫るのが一番というお話しが記憶に残り、新婚旅行で求めて置いてあった丸鑿を、数十年ぶりで研ぎ直して桑の木彫像を彫り始めたのがようやく2006年のことですから、僕の仕事はたいへん遅いと叱られるわけです。

木彫という技法には、陶芸の仕事の特徴・計算+炎や温度焼成による偶然性を期待できず、イメージスケッチとともに、mm単位の正確な計画を必要とします。その過程は指物の仕事の特徴とはいえ、彫り物は僕の範疇ではない・・などと大いに悩みながら仕事を進めているわけです。

円空の木彫と、ジャコメッッティの作品は、昔からのモチーフとなっていて、思い浮かべ、振り払いながらの鑿仕事は、彫り上がった安堵と修正のくり返しで、いつまでたっても完成しない・・というよりも完成はあり得ない仕事と言えます。

もう時間が終わる・・といった諦めのうち、恥ずかしながら小さな木彫像「inori」二点を出品リストに加えることにしています。



2007年5月




070503_忙中閑_結婚式



長野へ行ってきました。おばあちゃんもだんだん安心しますね。
メルパルクに泊まり、初めて松代へ寄りましたが、静かないい町でした。

佐久間象山神社は、なかなかよかった。境内の高義亭では、日本の未来を憂いて青年が論を闘わしたそうです。
象山という人は開国に力を注いで、今の便利な世の中は、こういった人たちのお陰と思います。
横浜開港を唱えたのはこの人だそうで、次回赤煉瓦に行くときは違った気持ちで散歩をすることになりそうです。

反面、煙雨亭に入り、明かりとり、網代など、消えていく日本の美しい造形をみるたびに、淋しい気持ちになります。
素材、技法、形は作る基本ですが、天然材料、手仕事は伝統の原点かもしれないですね。
木立の中のこの茶室は、一時過ごした京都からの移築で、扁額は、好きだった雨に煙る京都が由来だそうです。
風薫る5月、戸を開け放って風を通し春を愛でる日本家屋、しかし信州では寒くて、軟弱パパには暮らせませんね。

桜もちをおみやげにし、信州の遅い春を味わいました。そちらではもう初夏でしょう。例の公園へ行くのが楽しみです。


カメラ ORIMPUS E330 s1/400 f5.6 露出バイアス0.3
フォトショップ トーンカーブでコントラストを補正


「煙雨亭」

レンズ_Leica D Vario-Elmarits 手ぶれ補正ON
s1/8 f2.8 露出バイアス-0.3
フォトショップ _変形_遠近法で形を修正
フィルター_照明効果で網代を明るく補正
カメラ ORIMPUS E330
s1/30 f5.6 露出バイアス-0.7
フォトショップ _変形_遠近法で形を修正


070427_伝統_たしかのものごと


桑材地蔵堂

時代を超越して存在する寺院の屋根は、最もエッセンシャルな美と思え、「てり」とよばれる放物線は、日本刀や鳥居の曲線とも共通な、Rで表すことが不可能な日本の美しい形で、はるか昔に作られた建造物が、名の知れない棟梁のデザインと采配によって生まれた史実は驚きです。

大陸から伝わった形が、やがて時代と共に日本のものに変化して完成されたもののなかで、父は京都法界寺の屋根のバランスと、洗練された品格の高いかたちが好きでした。

余分なものをそぎ落とす仕事は、勇気を必要とし、美しいものを見分ける眼力と、好きになり学びつづける遊び心が大切です。
木工という仕事の特徴・・これ以上削ると取り返しのつかない失敗に終わるといった限界を知ること、余計が無くて、これ以上マイナスできないラインを探り当てるのは、堅牢、華奢、粋を特徴とする江戸指物の妙味ともいえましょうか。微妙な曲線を作り出すのは大変難しく、研ぎ澄まされた鉋で慎重に贅肉を取り去ります。

この地蔵堂には、凛とした厳しい美しさとともに、柔らかな人間味を加えたいと、清水寺本堂の屋根ような、素朴な要素を思い描きながら制作を進めてきました。跡継ぎは、どこに自分らしさをみつけるかと悩みます。それは、変わったことをやらねばならない使命感や私欲かもしれませんが、さまざまな試みを積み重ねても、外形からは判断できないような些細な変化に終わるのは、変えようのない普遍性といえる、長い時間の中で熟成された確かな伝統の大きさというものでしょう。
仕上がった屋根を見ると、そこにたたずむ師の姿、父を感じ、深夜一人頬がゆるませています。

確かなものを見つけ、自分の手中に修めた人間の存在は、父を離れて工房の大きな指針となっていますが、意義深い時代性というものは、あえて変えようとする姿勢から生まれるものではなく、はるかにより自然に形作られるものなのかもしれません。

いまは静かに古びてたたずむ天平や鎌倉都市も、当時は血なまぐさい戦いや、飢餓や天変の日々だったのでしょうか。統治にまつわる祈りの世界、平安を願う極彩色に彩られた寺院や、美しい萱屋根の町並みに、日本人に生まれた喜びとともに思いを馳せて仕事を進めています。





060510 「くじゃくしだ」
カメラSONY R1_
1/125s f4.5

070424_星を見る椅子



Tさんへ、Yさんへ、Sさんへ・・

信州はようやく桜満開、火をいれなくてもよい朝となりました。
連日深夜までの仕事ですが、僕もおなじく若者のエネルギーを逞しく感じております。
椅子をほめていただき、なによりのはげましと思います。ありがとうございます。

さて、展覧会を間近に控え、星を見る椅子復刻版が、姿をあらわし始めました。
こんな椅子を作ったのも罪ですが、どうせだったら遊んでしまおう・・みたいな高揚感で、疲れが吹き飛びます。

息子達は、前にも車輪をつけようなどといっておりますが、なにやらF1か、ゴーカートを作っているような気分です。
個展はきつい歳になりましたが、日曜もなく仕事をしている若者に大いに助けられております。
DMを添付いたします。少々遠いですが、新緑を楽しみながら、展覧会へおでかけいただければ嬉しいです。





星をみる椅子1997

息子_
この椅子をもう一度作りましょう

父_
車輪は20cmのパイプを36mmに切れば簡単にできるぞ・・
牛革タンロー1.6mm二枚、革材料だけで5万を越すぞ・・
規制のボルトでいいんじゃないか・・

ハッハッ・・儲からないぞ・・・・・・・・計算も歳のせいだろうか・・

・・・・・やはり「いいものを作ろう」
・・・・・・・・・・・・そうだね・・走る椅子なんてネーミングもいいかもね



・・熱意・・夢・・誇り・・達成・・苦しくて楽しげな若者に励まされています



070419_地蔵堂

高さ15cm弱の小さな地蔵堂の制作に当たって、1994年と刻んだ鉋を新調しました。

僕達の新調は、新しく作り換える意もあって、十余年前、なぐりの炉縁の鉋目用にしつらえた外丸鉋が、妙に手に馴染み、この仕事に向けて仕立て直すことにしたわけです。すっかり三城の空気になじんだ鉋台は、出番を待っていたかのようで、研ぎを入れ、台を合わせて精気が宿り、よい相棒となりました。

松本の 江戸屋という刃物屋では、そのころはまだ手工具がいくつも売られていて、いつか立ち寄った折り、何となく目にとまり求めたこの鉋はアタリで、広葉樹を細工するのには玉鋼ほど繊細すぎず、作り手の見えない今風の機械生産ほど画一的でなく、巡り会う縁を感じていたお気に入りの鉋の一つとなっています。

父の代からの桑材に手をかけなかったのは、この樹が歩んだ数百年の時間が織りなした美しい個性にたじろいでいるからで、仕事を引き継いでいる立場の優位と比例する厳しさは、跡継ぎに生を受けたものに課せられた試練と美徳といえましょうか。

やめてしまうのは簡単でも、とりあえずこうして仕事を引き継いでいられる幸せとともに、もうぼちぼちやらねばねえ・・といった切迫感は、後に引けないといった戦場における弱虫のようでもあり、窮鼠猫をかむのようでもあります。


新しい時代のお地蔵様のシェルターを創作するにあたって課した条件は、小さいこと、素材が神々しいこと、培った技術が誇れるものであること、美しい形と仮死状態の樹に100年の生命が復活すること。

森林破壊や環境汚染のニュースを聞くたびに、僕達は時間軸を、樹に還さなければいけないのではないかと思います。

数百年をかけて刻まれたこの樹の木目の美しさを、見つめなおす心のゆとりを持つことができた、嬉しい仕事となっています。


070412_春の兆し_西洋から日本の伝統へ・・


020405_庭のカタクリ


楓と桑の小筥_2007年4月制作
日本でテーブル、椅子を使うようになったのは戦後で、僕が生まれたころは、畳に座ってお膳、卓袱台などで食事をするというのが一般的な生活スタイルでした。

近代以前、日本の家具というと、和室で使う調度類、硯箱、色紙箱、短冊箱。文机、香卓、飾棚といった、伝統工芸とよばれているものを指して、現代の家具類が、西洋家具と呼ばれて日本のものとされないのは、今ではすっかり一般化している「洋服」が、いつまでも和服と分けて意識され、僕達の間に定着していても、日本の文化ではないと認識されていることと似ています。

ヨーロッパ、特にイギリスなど椅子暮らしの歴史の長い国で、その間とりたてて生活スタイルの変化がないことと比べると、箸、和食器の食文化にナイフスプーンが加わり、誰もが椅子に腰掛けて生活するようになった近代数十年は、日本の生活史上、かってない大変化で、今後伝統に根ざした日本の椅子が生まれてくる必然を感じます。

現代音楽がクラシックとなるのは100年後とされているそうですが、時代が移り、家具がものとしての機能を失っても100年の時の審査を経て、伝統文化として新たなポジションを得て新しい価値となる過程を考えると、伝統とは、はじめから在ったわけではなく、勇気とともに新たに試みられたものごとが、日本の長い歴史の中で他国の文化とクロスして切磋琢磨され、ソフィストケートされて、生き残ってきたものをいうのではないかと僕は思っています。





1989年東京銀座和光での個展「暮らしからの発想」出品作品
楢材のアームチェアー_Sketch


1989年制作楢材のアームチェア
日本工芸会に所属し、文机、飾棚、箱などの伝統工芸を制作していた僕が、椅子を作ることになったきっかけは、家族の使う自分らしい家具を作りたいといった単純なことでした。
その意識の奥には、西洋の家具が、どうもしっくりこないといった感覚があり、食習慣、和食器とテーブルの高さの難しい関係、石の文化に対する白木の文化、靴を履いて家庭で過ごす習慣と、裸足で木の床を楽しむ感覚などなど、木に対しての意識の民族性、扱いやかたちに、日本の感性を吹き込みたいといった思いが強く、以来伝統工芸の制作を離れ、西洋家具の製作に夢中になり、損を承知で人間国宝への道からはずれてしまいました。

60歳間近、実現していないスケッチは何枚か残りますが、息子はじめ、作品を慕ってくれる後輩が力を発揮し、そろそろ伝統工芸に戻ろうかと思い始めた四月、日本の現代家具を集めた立派な本が初めて出版され、僕もページを汚すことになり、好きとはいえ難問解決に力を注いだ日時を懐かしく振り返っています。
 


「扇の椅子」

2007年井上展出品作品
天然唐松と栗材・ 扇をモチーフとした鍛鉄のフレームの椅子

作り手にとって、伝統となるか否かは、知り得ない結果ですが、伝統となりうる可能性は、より美しいものを作りたいという意識あればこそといえるのでしょうか。やれやれ、100年経って初めて伝統となるのか・・しかし何百年も生きた樹木を倒したのですから、樹木の立場からの時間感覚としたら、当然とも言えるスタンスなのでしょう。
結果を見ることが出来ない寂しさは、一方夢を見る楽しいエネルギーとなります。
形にとらわれることなく、先人の求めた事を知りなさい・・(たしかロダンの言葉だったと思います)
未来の若者達の手から、日本の伝統工芸・椅子が誕生する新たな夢・気持ちの良い早春をいただきました。

「現代日本の家具」

美しい写真・アートワークで紹介した家具名鑑。

伝統的な技法や素材に現代感覚の感性が息づく、それぞれのストーリーを物語る家具。永く愛され、住環境の質を高める家具たち。作家それぞれの造形表現。デザイナーのコンセプトが表現されたデザイン家具から、作り手の技が伝わる工芸家具など。作家、家具デザイナー、匠たちの作品を一望できる画期的な家具作品集です。税込価格:15,750-/336頁

ART BOX JAPAN


PS

NHKイブニング信州で「きらり旬の人」などと、小生TVにでます。
17日(火)6:10 放映ということです。
なにやらドキドキですが、お笑い下さい。




070406_早春_井上展へむけて


ものを作る動物_人間

僕達はさまざまな、溢れかえるものものに囲まれて暮らしています

かねめのものだったり、安物だったり、怖いものだったり、あぶないものだったり・・・

自慢げなものだったり、不幸にするものだったり、醜いものだったり・・・

そういったものを僕は作りたいと思わない

なにが本当に人を豊かにしてくれるのだろうか?

決して手放せないエッセンシャルな美しいもの・・幸せに・・明るく楽しくしてくれるものを、僕は作りたいと思います。




〜松本井上展出品作品から〜




2007早春庭で





070401_ 若者たち_展示会へむけて

明け方、火をおこして夜明けを待ちます
早起きは歳のせいではなく、早起き鳥の鼓動の楽しみだけでもなく、迫ってきた展示会の気がかりのなかの、コーヒーと煙草

静寂から一日の始まりへ、ジャレットはもちろん、しかしこんな早春の明け方、かすかなラヴェルとベートーベンは、楽しげな春の鳥の鳴き声と共存して、大切な疑問が頭をもたげます。

なぜこれほどまでに廃棄物やいらないものに悩み、美しいものより金銭が尊ばれ、愛し合うはずのものが殺し合うのだろうか・・

真剣に人生を歩む若者に手がさしのべられることもなく、意味のない事ごとに税金が使われるのだろうか・・・

街並みがすさび、風景が壊れ、美しいものを作らない国に日本は、なぜなってしまったのだろうか・・・


「溶 接」
ORIMPUS E330 s1/250 f3.5 露出バイアスー1.00

意欲に燃えた若者たちは、展示に向けて連日深夜までの仕事にめげない。

生きるのに不利はわかっていて、どうしようもなくやっているのは、なによりも作り出す喜びを感じる自分を大切にしているからでしょうか?

そういうものは気持ち悪いから使わないよ、

大変だけど、だからこそ自分らしい仕事になるんだよ、

なぜそんなことにとらわれるんだ、

面白いんだから休む必要もないだろう、

儲けるためにやってるんじゃない、

etc・・これは自分自身への問いかけと納得・・

戦場のような仕事場のなかで、ようやく産声をあげる、木の命の躍動に満ちた、美しい作品たち・・

生み出す喜びとは、苦しみなしにはありえないのでしょう


撮影を迎えたいとしい新作たち

発明品で便利になるほど忙しくなり、湯のたぎる音を楽しむゆとりさえなくなり、お茶がせわしなくなって便利と効率が
幅を利かせている。

なぜ、大切なものが汚れ、時間がみじかくなり・・未来がみえなくなったのだろうか?

なにが心を豊かにし、愛情に溢れる家族を育てるのだろうか

地球に対してなにが、ミニマムな迷惑なのだろうか?

疑問の中で試みる日々の暮らし、感謝と未来へのいのりは、相変わらずの工房のテーマです

 




070309_ 「ビニール」_Dogsの会話



蘭が大変らしい
環境に悪いからレジ袋をやめようと、いっくら騒いでもやめない(怒)T
ビニールとかポリエチレンが地球上に散乱して、動物にとっては命取りになるというのに・・F

それでいて、僕らのUntiやおしっこが生態系を狂わすなんて、訳のわからないことを言っているから、勝手なもんだよ。
そういうことを言う人ほど、生態系を壊す張本人なんだよなあ・・T


動物園の大きな象さえも、人の投げ入れたパンを、袋ごと食べて死んでしまったし、愛犬初代ベラは、いかにも面白そうに転がるゴルフボールを喜んで追いかけ、誤って飲み込んだのが発見できずに、腸閉塞であっというまに死んでしまった。F

ティッシュペーパーの袋を飲み込んで、医者に連れて行かれたの。大抵は出てくれるんだけど、蘭は運が悪いのね。

詰まっているのが食道なのか、胃の出口なのか、腸のなかなのか、ベラが死んだ昔は、ビニールはレントゲンでも解らないらしくて、どこにあるのかわからないものを、やたらに体を切るわけにはいかない、と医者に説明されたと、パパは思い出して涙ぐんでいるわ・・S

蘭はうちで世話した子だし、昨暮れから二ヶ月も三城で一緒に楽しく暮らして、いつもパパと一緒に寝ていた。
誕生日が同じだから今年の正月は、ママや山田君、みんなまとめて誕生祝いをしたばかりりだったよなあ・・

 塚田さんのうさぎは農薬のかかった葉っぱを食べて、痙攣を起こして一瞬で死んでしまったし、人間の作り出すものって地球を汚して迷惑なんだよ・・・F


薪ストーブの前はあたたかくて、蘭もやっぱりパパの椅子がすきだったなあ・・。
椅子を取り合ったことも、今となると何やら懐かしくて、取り合いなんかしないで譲ってあげればよかった(涙)一同

※【注】犬でもちゃんと涙を流します。J

縁起でもない!!!ちょっと待ってよ、まだ死ぬと決まったわけじゃないでしょ(激涙)S

ここまで書いていたところで「無事出ました」と、I、氏から電話が入る

なんだあ・・・・・・・

ぼくらジャックは健康が自慢ですよ、

そんなに心配することないよって、僕は横浜からテレパシーを送っていた、、
蘭にはきっと伝わったんですねえ U

やっだあ、、パパったらお尻から出ましたか、、だって・・

レディーですもの、「口から吐き出した」んですって、もちろんよねエ ・S

というわけで、この寝顔をふたたびみることが出来ます。

お騒がせいたしました(謝々)J


蘭を送りに・0702養老PAにて

070303_ 春の気配・ひなまつり冬眠鼠(やまね)


かっては男だけの世界だった木工ですが、今は女性も活躍。
工房に石川真帆さんがいることで、我々も女の子の一区切り、おひなまつりが楽しめます。

三世代とはなんと豊かなことでしょうか・・お元気な彼女のおばあちゃんの作ってくれる、愛情のこもった浜松の地方色が届き、我々は春の到来を祝い楽しみ、幸せそうなご家族を連想しています。

OLYMPUS-E330 1/25 f-7.5 F=5.6

このころ居間の薪の中で、冬眠鼠が目を覚まします。
やまねは、高原では一年のうちほとんどを寝て過ごしていて、手のひらに載せても目を覚まさない。
ピンポン球ほどの大きさでなんともかわいく、早春、これがフューチャーにとって、なによりの遊び相手となります。



冬眠鼠のいのちの、かすかな鼓動がフューチャーには解るのでしょうか。
楽しげなゲームは、二週間を経過して、まだまだ進行中です。




三城三月、厳しい信州の冬が終わり、モノクロから新緑へ・・・・

共に寒さを乗り越え、やったね、、という感動の共有は有り難く貴重です。
さまざまな命の鼓動がざわめき、工房は今年も躍動が始まります。


OLYMPUS-E330 1/25 f-50.0 F=3.5

冬眠鼠(日本ヤマネ)は絶滅の危ぶまれる天然記念動物です
「やまねのひみつ」

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Toys/6305/yamane.html


070226_ 写真の楽しみ _それでも写真が好きです



Memories_

日本人はカメラ好きと言われて、僕も多分にもれません。
写真の効用はさまざま、人生が曲がり角にさしかかるとき、幸せな瞬間、苦しんだ時の思い出を焼き込んだ一枚の写真・・・
創作の苦しみ、挫折の予感のとき、家族友人との親交を振り返る・・やがて感謝の気持ちが膨らみ、新しい意欲に心が満たされます。




従兄弟とのやりとり

ヨドバシネットで買った(買ってしまった)Leica D Vario- Elmaritがゆうパックで届いたと同時に貴君からメールが入りました・笑。

なんと、購入済みでしたか!純一さんはこうと決めたら行動早いですね。かくいう私もそうですけど(苦笑)



手ぶれ補正って、なんだ・・たいしたこたあなかったんだと心配しないでください。E330を買った目的は作品ディテールの撮影時の動く液晶で、ライカ手ぶれ補正は、若者達の仕事姿の撮影なのです。しかしやはり一台では無理なのかなあ〜ですが、現代カメラの設定操作はまちまち、とても60の男がマスターする気にはなれません。もし宝くじが当たったとしてもやはり一台がいいですよね、現代機械は使いこなしにストレスが大きすぎます。・・だったらよせばいいのが、ここに人の欲というものの面白さがありますね・・泣

作品撮影時ライブビューBモード(マニュアルフォーカス専用)では、付属してきたZUIKO DIGITAL 14-45mmのフォーカスリングはストロークが大きすぎてかったるい感じがしていました。何回も回してやっとベストフォーカスにたどり着く感じです。まあ、楽しんでじっくり合わせようという設計かもしれませんが、江戸っ子小生はこういうのはだめですね。
10倍拡大機能はGOODですが、所詮老眼の小生にはどうせ合わせられないので、MFブラケットを使うとこれは素敵、フォーカスポイントが微妙に変化していてまことに美しい。これから使うことになるかとおもいます。

フィルムを買っていた昔と違い、お金もかからないから、とりあえず何枚も撮っておいて、必要以外を捨てるというのも結構骨が折れるもので、豊かな現代の象徴みたいに感じます。なんでもオートで撮れるのですが、接写をするとやはりマニュアルにしかできないよろこびはありそうで、このへんがLeicaとパナのいいたいことかとなんとなく納得です。
比べ、Leica D Vario-Elmaritは、ズームリングが前方、ピントリングが手前についていて操作感が実にシャープです。何回か前後を往復して、昔取ったきねずか・・比較対照的合わせ方が出来る感覚があり、結局実用的なのは見上げたもんだと思いました。無駄なくベストショットを上手い人が撮ると結局早くロハスで、この辺が長い間写真を撮ってきた人のすごさがあるのではないでしょうかね。しかしこんな撮り方をする必要性は一般にはないでしょうから、宝の持ち腐れみたいなものでしょうが、カメラを持つよろこびとはこういうことなのかもしれません。

Leica D Vario-Elmaritの説明書にはホコリ水気注意と書いてあり、E330付属のZUIKO DIGITAL 14-45mmの頑丈な防塵構造は僕ら木工場にぴったりで、すてるには惜しいかなとも結局は思いました。

(汗)ハハハ・・我ながらいったいなにをいいたいのか、難解まことに済みません・・

おまけですが、レンズフードをつけていると、E330のレンズキャップってとてもはずしづらいです。パナの設計は親切で、こういった面倒な作業ほど気持ちのよい必要があるのだと思います。いずれにしても同時に注文したKenko/PRO1Digital プロテクターをセットしたので、しめることは滅多にないかとおもいますよ・・ナンダ・・

それにしてもE330はとても気に入っています。いうことがあるとすれば、メニューやロゴのだささで、やはりキャノンニコン、パナソニックにかないません。しかしよく観察すると液晶のヒンジなどなど、職人の真面目さがこもっていて、かっこだけじゃあないよね、、と製作思想に頭が下がって、僕も真似をしたいです。

ただ、昔風のこういった作り方はきちんと理解出来て楽しもうとしないと、繊細で壊れやすく、レンズ交換の必要がなく、可動式ライブビューがどうしても必要という方には、SONY-R1のようなプラスチック一体形の液晶は左右にも回転出来て乱暴に扱えます。電気的に見るこのタイプのファインダーは好きずきですが、ホワイトバランスと露出補正効果がシャッターを押す前に確認できます。

この辺は防塵でタフがよさのオリンパスの課題かも知れません。以上、もう少し使い込んで解ったことがあれば報告します。

いろいろありがとう、写真は楽しいね、また景色を撮りに行きましょう。今年の春は早そうです。


E330ボディとのバランスは、レンズが大きすぎる感じがします

確かに330のボディにはフロントヘビーな感じがします。

ははあ、、それであの弁当箱みたいなバナデザインがあったのか、と納 得です。手ぶれ補正スイッチONで撮っていると、レンズのなかからグーグーと音が出ます。E330にはON OFFの切り替え機能がないので音で判断できますが、 静かな三城での話でしょうね・・汗

そんなに音がしますか。Canon EFやNikkorの手ぶれ補正は、気になるほど音はしませんが、三城では気になるのかも。今度持って行って試してみます。

シャッター1/2以下になるとまるでだめで、1/6以上だとぶれ補正効果があります。※いちおう息をつめて、両肘をつけて気をつけ、基本操作説明通りにやりました。

手ぶれ補正は過信しない方がいいです。ありでもなしでも基本に忠実が第一だと思います。

しかし現代カメラの設定操作はまちまちで、とても60の男にマス ターする気にはなれません。、もし宝くじが当たったとしてもやはり一台がいいですよね、現代機械は 使いこなしにストレスが大きすぎます。・・だったらよせばいいのが、ここに人の欲というものの面白さがあり ますね・・泣

宝くじが当たったら、僕はこれを買います!
http://www.leica-camera.us/photography/m_system/m8/
でも宝くじは買わないので買えません(笑)。

昔と違いお金もかからないから、とりあえず何枚も撮っておいて、必要 以外を捨てるというのも結構骨が折れるもので、豊かな現代の象徴みた いに感じます。

純一さんらしい視点ですね。こんなことを思い出しました。お世話になっているカメラマンで小川勝久さんという方がいらっしゃいます。デジタルでも枚数を撮らないことで有名な人なんですが、以前こんなことを言われていました。
◯「捨てるつもりの写真は撮らないで欲しいなぁ。だから、僕はメーカー担当者に『カメラにゴミ箱ボタンをつけないでくれ』言ったんだよ」
まあ、いい加減な気持ちで撮影はしないで欲しいということでしょうが、一所懸命撮影しているものの、依然カットの歩留まりはよくなりません(苦笑)。

いろいろありがとう、写真は楽しいね、また景色を撮りに行きましょう。今年の春は早そうです。

東京はもう春みたいな毎日です。今日、出先からオフィスに戻る途中、東郷公園の中を抜けたら寒桜が見頃でした。メジロやヒヨドリが大喜びで花の蜜をついばんでいました。曇り空の逆光でしたが、LUMIX LX2のフラッシュ撮影でもけっこう写りましたので、東京の春の便りを添付します。



三城でも昨日虫や鳥が騒いで、はやすぎる春です。寒桜とはなに桜でしたっけ?東京にはいい公園がありますね。これはいつかみせてもらったビデオの撮影現場ですか?

LX2はそれほどは寄れないはずなのによく撮りましたね。信州は未だモノクロ世界ですが、香りが漂うような写真をありがとう。

フラッシュが効いているところから、かなり近くまでいけたのだと拝察しますが、鳥さんには貴君の優しさがわかったのでしょう。僕ら、樹の気持ちや痛みがわからなければいい仕事は出来ないと思いますが、鳥の気持ちがわからなければこんな写真もとれないはずですね。それにしてもLeicaはきれいですが、やはり我々家系は宝くじ無縁でしたか・・笑

結局、なにを手に入れても満足はしないもんですが、先夜本に、僕らが手に入れられるものは「愛、そして経験」のみとありました。アハハやっぱりね・・それではもし創太が来たらいい写真をとりましょう。

みなさまによろしく、又会えるのを楽しみにしています。


カメラのたのしみ

矢内原 伊作〜はなしながら考える(みすず書房)より転載させていただきました

一年ほど前に小さいカメラを買った。取扱いのやさしい全自動のもので、距離や絞りやシヤツタ一連度などを調節する必要がなく、おまけにフラッシまでついている。実に便利で、しかも結構よく撮れるので、私はこれでパチリパチリとやって悦に入っている。多くの人がやっていることだろう。

はじめてヨーロッパに行くことになったとき、それは三十年も前のことだが、当時としては最高級のカメラを買って持って行った。露出計で明るさを測り、その都度調節する本格的なカメラである。私はこれでヨーロッパ各地の写真を撮ってまわり、以後もこれを愛用していたのだが、三十年もたって使えなくなったので、当世風の安価なカメラを買ったのである。

写真を写真そのものとしてたのしむには全自動カメラでは不足だろう。被写体が風景であれ人物であれ、光線の微妙な状懸をとらえて「芸術的」な写真をうつすには、さまざまな工夫や苦心が要る。そこに写真家のよろこびもあるわけで、専門の写真家ではなくても、そういうよろこびを求めて写真に熱中している人も多い。カメラは人を芸術家にする。そういう人は何台ものカメラや幾種類ものレンズをもち、撮影を目的として旅行したり、自分で暗室にこもったりする。それはそれで結構な趣味だが、時間的にも経済的にも余裕がなければできないことである

芸術を目的にしない私のような場合、世間の多くの人にとってもそうだろうが、カメラは記録のためのものである。すばらしい景色に接したり、めずらしい人に会ったり、何か面白い場面に遭遇したりすれば、誰しもそれを記録しておきたいと思う。それには写真がいちばんである。こんなにも手っとりばやく、しかも完全な記録の方法は他にない。一枚の写真には、どんな名文家の形容も及ばないリアリティがある。記録にとどめたいものを私たちは備忘のためにペンでメモするが、カメラはペンよりもはるかに有力である。ただ、それがあまりにも有力であるために、つい私たちはそれがペンにかわるメモであることを忘れ、写真がありさえすればそれだけで現実そのものが保存されているかのような錯覚におちいりがちである。写真はあくまでも記憶をよびおこすためのメモにすぎないのである。

旅行に出てめずらしい景色に接したり名所旧蹟を訪ねたりした場合、ろくに景色を見もせず、訪れているところがどういうところなのかを考えもせずに、はじめからむやみやたらに写真を撮る人がある。見るべきものはカメラに収めたから、もう見る必要がない、というかのようである。景色なり名所なりを見てどう感じたか、その感動や感想こそ大事なのに、写真に撮ったから見なくてもいいというのでは、写真そめものに意味がないことになる。カメラの便利さが、現実の経験を浅薄なものにしかねない。だからカメラは必要最小限に用いるのがよいのである。

写真を撮るには、被写体をよく見ることが必要である。被写体として見るのではなく、自分がカメラをもっていることを忘れて、風景に感動したり人間に接したりしなくてはならない。風景や人物を撮影するのではなく、自分の感動を撮影するのだと思わなくてはならない。カメラを離れて現実の経験に没入し、感動があった場合にそれを記録するためにカメラを構えるのである。それはメモをとったり日記を書いたりするようなものである。私たちは日記をつけるために生きているのではなく、生きたことの結果を日記に書きこむのであり、カメラも同様だろう。記録にあたいする経験、日記に書くに足りる感動がまずなければならない。感動があれば、それを記録し表現するために注意深く撮影する。それは日記を注意深くいい文章で書こうと努力するのと同じである。そしてまた、感動を表現するために被写体を注意して見れば、それによって対象がいっそうよく見えてくる、ということもあるだろう。日記を書くことでその日の感動がいっそう深められるようなものである。そして全自動式といえども、光や距離や構図や決定的瞬間などについての配慮がものをいうのは言うまでもない。だからいい写真が撮れると、うれしいのである。

写真は現実を思いおこすためのメモあるいは日記のようなものなのだから、それによって記憶を新たにし感動を豊かにするために利用しなければ意味がない。そこで整理ということが大事になるが、これがなかなか容易ではない。近頃はビニールを利用した便利なアルバムや整理ケースがいろいろあるが、それでも自分でよほど工夫努力して整理しないと、どういうときの写真かがわからなくなったり、うつっているのが誰だかわからなくなったり、必要なときに必要な写真が見つからなくなったりする。とくに重要なのはネガの整理である。そのかわり、整理がよくできていて、見たいと思う写真が簡単に見られたり随時に焼増しができたり、という風であれば、たのしかった過去にくりかえし遊ぶことができる。これは大きなたのしみである。

私には娘が二人あって、二人ともずっと前に結婚してしまったが、それぞれが生まれてから結婚するまでの生長の過程を写真に撮り、上の娘のアルバム、下の娘のアルバムと二組のアルバムを別々に作って、嫁いでいくときにそれぞれに持たせてやった。二人ともいいものを持っていったと思うが、それぞれを二つずつ作って、一つを私の手もとにのこしておけばもっとよかったと思っている。ネガさえあれば今からでも作れるわけだが、整理がわるくて古いネガはなくなってしまった。どこかにあるにしても、さがすのが面倒である。

写真を撮るのは容易であり、思い出のある写真を見るのはたのしみだが、写真というものはあとが面倒なものであり、その面倒にうちかつだけの根気や気力がないと重荷になり、宝の持ちぐされになる。先日もあるパーティに出席して、日頃めったに会うことのない友人や知人がおおぜいいたので、全自動簡便カメラの威力を発揮してたくさん撮りまくったのはいいが、そこにうつっているすべての人にそれぞれ写真を進呈するとなると、必要な枚数を焼増しして手紙を書くだけでもたいへんである。しかしこれを面倒がるようではカメラを振りまわす資格はないことになるだろう。逆に、これを面倒がらなければ、人にもよろこばれ、友情をあたため育てる機縁にもなるだろう。自分にもたのしい思い出をのこし、人にもよろこばれること、これがカメラの功徳である。


070210_若者たち

展示準備無事終了・・・

面白いと思っていた中植ご夫妻は、じっくりお話ししてみると、はるかにもっともっと面白く(失礼)、都会から離れたこんなところの展覧会が一体どーなるのでしょうか。

看板があるわけでもなく、携帯電話、ホームページなんぞいらない、パソコンなど出来もしないが、必要とも思わないというオーナーですが、たたずまいを拝見して受ける建物の印象とともに、お人柄がアーティスティック、なんとも魅力的なのは、この場所が彼の感性そのものとはいうものの、一体なにを考えているんでしょうか・・・。
彼らに出会って、人が生きるってどういうことなのか、なにが楽しいのかなどと、小生、さまざまを振り返るいい機会になりそうで、人生60年節目の意味をありがたく考えさせていただいています。

それはともかく展覧会。
大勢が来てくれる盛況もありがたく、ともにまた静けさもありがたく、雑踏から距離を置いて旧交を温めたり、物思いにふける時間が楽しみです。

僕は作ることで精いっぱい。おまけに体もついてこなくなりはじめ、いつかこういう瞬間は来るのだろうという思いの到来ですが、息子はじめ、若者達が一生懸命フォローしてくれていて感謝感謝、もう我が儘もたいがいにしないとバチがあたりそうです。

世の中、金を稼がないとミルクを買えないという状況ではない今、働く楽しさとはなんでしょうか?

僕は美しいものが好きですが、工房の若者の姿は美しくて、稚拙作品などよりはるかに魅力的。
写真好き小生のこれからの被写体に設定することに・・・やはり一番魅力は人間でした。

美しいものが生まれるには、ただただこういった時間が必要なのだと、初心に戻り、ナノリウムご夫妻に接し、慌ただしい自分を振り返り反省しております。


富士山麓極寒の暖かい暮らし・・などど銘打ったものの、なにやら妙に春めいてしまい、魅力的な会場ベランダで焼き肉会などのほうがよかったかなどと、うれしい悩みをかかえております。皆様のご来場をおまちしております。よろしくおねがいします。


070204_「寒さを楽しむロハスな暮らし展」


070122取材_テレビ信州 長嵜貴宏 山本純子さん三城来訪

富士山麓河口湖でギャラリー「ナノリウム」をされている中植ご夫妻から昨年展示会の要請をいただき、今回の展覧が実現しました。
公募展や、会場費を払って開催する展覧会と違い、個人経営のギャラリーはオーナーの考え方と思い入れが楽しいもの、売り上げが伸びそうとか、評判になりそうだからとは無縁で、私たちはこれが好きなの・・といったご夫妻の姿勢に共感を覚えたのを思い出します。

作家とギャラリーのコラボレーションとは本来こういうもの。しかし我ながら妙なタイトルをつけたもので、「暮らし」などというものが売れるはずもなく、いつもながら中植ご夫妻には(女房にも・・)迷惑をかけることになりそうです。

展覧会で発表させていただく作品は、自分たちの毎日の生活に欠かせない生活道具がすべて。
モノが溢れた現代に、何を作り出すことが出来るのだろう?と悩んだ昔、信州の山の中に移り住んだ理由の一つは、創作へのインスピレーションの飢餓感でした。
素晴らしいものであっても、活きて使われないものは作りたくない・・とは僕のわがままですが、存在の必然の認識は、いらない物はいらないといった思い切りを伴い、環境を変えて自分の身の回りをリセットすることができたお陰と思えます。

大切なものごとはなんだろう・・・木を燃やして、ほのかなあかりと暖をとり、料理を楽しみ、火を囲むシンプルで暖かな生活。鉄を赤めたり、溶接したり、自分はなに屋なのかと、はにかみますが、物事の主役は僕や、僕の作った作品ではなく、樹の生み出す炎であり、火を囲む人々なのです。

作る道具のみえがかりだけに目を奪われてしまうと大切なことを見失いがち、樹の仕事への感謝を忘れず、暖かな人間関係や、幸せな家族の姿を育てる道具を考えながら、やはり自分の仕事は木工なのだと再認識したりしているのです。

地球上で一番偉いのが人間だとは、最近まで疑うことのない一般論でした。傲慢な意識への反省は、騒がれる環境問題が大きいのでしょうか。しかし僕達がロハスな暮らしをつづけているのは、やはり気持ちよく健康的で豊かな感覚、何よりも感動という心の働きを大切にしているからなのだと思います。

春が来てしまったかのような暖かな二月、もとより都会から離れたギャラリーですが、来てくださる親しい友人と、ゆっくりと過ごすひとときが楽しみです。


「新作家族一年箸」
色漆の白は難しいとされるのは漆特有の茶が混じるからでしょう
今回白漆を加えて六色、若者の提案で火皿の縁取りも色漆にしています


ご遠方申し訳ございません。一同でご来場をお待ちしております


 今年も内山節さんの連載(信濃毎日新聞毎週土曜日に掲載)が始まっています
【2月3日掲載紙面より】

070203風土と哲学_日本民衆思想の基底へ

「衝突と融合をくり返し」

哲学者 内山節



絵・丸太恭子(紙にアクリル、ペン、鉛筆)

私が一年の半分を群馬県の上野村で暮らすようになった頃は、そんな暮らしをしていると言うと、「また、何で」と言う顔をされることがよくあった。無理もない。当時は1970年代、オイルショックなどがあったとはいうものの、まだ基本的には経済成長がつづいていた。都市は先進地、田舎は遅れたところという感覚も強固にひろがっていて、多くを消費することと豊かな生活とが、同義語のように感じられていた時代だった。そろそろ自然への関心が高まりはじめていたとはいえ、それは自然破壊への批判が中心で、「田舎の暮らし」が注目を集めていたわけではなかった。

ところが、それから三十年ほどたってみると、「田舎者らし」は流行のきざしさえみせている。上野村での私の暮らしの話をしても、多くの人たちは「それはよい暮らしを」という顔をする。世間の雰囲気はずいぶん変わった。一度は「村の暮らし」を精神のなかで切り捨てたはずの人々が、精神の奥のほうでは切り捨てていなかったのであろう。だから少し価値観が変わると、精神の奥にあったものが甦ってくる。

ところで「田舎暮らし」、「村の暮らし」という言葉から、私たちは何を連想するだろうか。そのひとつは自然と結ばれた暮らし、第二は村というコミュニティーや伝統文化のある暮らし、第三は生活の中に”労働の技”とでも言うべきものがある暮らし、といったところだろうか。

振り返ってみると、かつて私たちは、そのすべてを捨て去ろうとしてきた。ひと昔前までは、自然よりも科学や技術のカでつくった人工物のほうがいいように思えた。村のコミュニティーはわずらわしいものととらえられ、誰にも干渉されない個人の自由を人々は望んだ。そして機械化によって人間の労働時間が短くなることに期待があった。しかし、そういう時代をへて、いまでは、自然や村のコミュニティーや日々の技とともにある伝統的な暮らしに、私たちは関心を寄せている。

それは私たちの精神の基層に、自然に日々学びながら自然に支えられて暮らすことや、コミュニティーやその文化のなかで暮らすこと、生活のなかに仕事があるような暮らし方を、人間らしいあり方と感じさせるものが存在している、ということであろう。近代化の過程では、それを古いもの、遅れたものと考える「理性」が、私たちの基層的な精神を押さえこんでいた。ところがいっそうの近代化に夢を感じなくなってくると、この「理性」にも動揺が生じてくる。押さえていたものが弱まり、基層的な精神がこうして表にでてきた。

たとえば労働についても、日本の人々は労働によって自分の技を高め、人間としても深まっていくことを理想とする心情をもっていた。労働は経済行為である前に、人間としての自己を創造する営みだった。そういう心情をもっているから、人々はいつまでも働こうとした。楽隠居も悪くないと思いながらも、生活のなかに自分を深めていく仕事があるほうを、多くの人々は選んだ。

この基層的精神は、今日に至るまで押し込めることはできなかったように思う。労働は生活のための手段であるとか、余暇こそが大事であり、欧米の人たちは早く定年を迎えたいと思っているといった情報が与えられても、それよりも伝統的な基層精神のほうが強かったのである。

ただし今日では、労働をつづけることと勤めをつづけることが、同じものだとは思われていない。だから早期退職する人も多くなった。しかしその人たちも、早期退職して労働をやめるわけではなく、前からやりたかった自分の仕事を実現しようとしたり、村で土を耕しながら働き生きることを夢みたり、ボランティア的な労働をはじめたりして、自分を深めることのできる新しい労働に移っていく。

私たちの精神的世界は、長い歴史のなかで形成されてきた基層的精神と、時代の変化のなかでもたらされてくる新しい考え方とが、ときには衝突し、ときには融合しながら展開しているのだと思う。だから、基層的精神が押さえ込まれていることも、それが復活してくることもある。

ひとり一人の精神の内部も、またひとつではない。いくつかの異なった精神が多層的に同居し、それらが衝突や融合をくり返しながら、ある時代の精神のかたちをつくっていく。

      


070107_七草がゆ


仕事始めに合わせて実家帰りの弟子達が三々五々工房に集いました。あいにく大雪でさっそく肉体労働となりました。
みんなおせち料理などなどで食べ過ぎのきらい。雪かきの後おなかが軽くなって、七草がゆをいただき明日に備えます。

やがて大人は雪かきを敬遠しますが、自然の創り出すドラマは面白い遊びを考えるきっかけとなってソリコースなどなど、各自さまざまに遊んでいます。スコップは重たくなった小生も、いつまでもそうありたいと思います。

ジャックを飼うのははやめた方がよいとの進言を承知でやはり飼ってしまった I氏の温泉治療の間、広々としたところで犬を遊ばせて上げたいとの御希望を受け入れて暮れから蘭ちゃんを一ヶ月の予定で預かっています。僕と誕生日が同じ蘭は、子犬のころの面影がジャックにしては珍しく残っていて、なんとも可愛く僕と一緒に寝ています。

同じく娘夫婦が犬連れで来たので、我が家は飼ってはいけないジャック四頭とラブの計五匹、家の中をうろうろの正月となり、今年は久しぶりにどこへも出かけずゆっくり?三城で過ごしました。

日頃は IHを使う慌ただしい寝覚めのコーヒー。正月の間は炭が湯を沸かすのを待ってゆっくり香りを楽しみました。わいわい七草がゆのいろりを囲み、久しぶりに薪ご飯を炊きますが、こういうのをロハスなスローライフというんでしょうか?

時代が変わり年賀状をどうするかは毎年の迷いですが、今年は息子がデザインから印刷まで替わってくれてお出しすることができました。山の静かな正月、頂いた賀状をゆっくりと読ませていただいています。たくさんの皆様のシューレへの応援、意外にもおもわぬ面白い事を考える方がいらっしゃったり、光栄にも作品に歌を詠んで下さっていたり、どなたも賀状デザインを楽しんでうれしい思いがします。

お忙しい時期、当方へ賀状を書いて下さった方々、ありがとうございました。押しつけになるといけない思いで枚数を減らし、欠礼があるとおもいます。この場を借りて心から御礼とお詫び申し上げます。




十月から在房していた伊東君が、暮れに元気に旅立ちました。
何事も真剣に取り組む姿勢やさまざまな長所を、工房皆が学ばせてもらいました。
手伝ってくれた家族一年箸は、今年から使ってみていますが一年後どうなることでしょうか、楽しみです。

大きな頑強な体と写真の好きなロマンチスト、エネルギッシュな頑張り精神を生かして今年も素晴らしい人生を歩んで下さい。一段落したら、ガールフレンドと遊びに来てくれるのを皆で待っています。

工房は明日から松橋君が交通事故の体調復帰して戻ります。15日からは山田君が入房の予定です。いよいよ明日からわくわくと今年の仕事をはじめます。
大作、深見君、石川さんともども、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


今年も祈りに取り組みます。 前田純一

活動二年目、可能性をひろげていきたいと思います。 NPO三城シューレ

まだまだ八年、ますますよろしくご指導下さい。 前田大作

蘭ちゃんが、マテを覚えてくれました。 前田民江



070101
あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします

2007年元旦
RAN・蘭
STELLA・星
UNICO・唯一
FUTURE・未来