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080407_いのり・「小さな厨子と像」・「手前椅子と卓」

木彩会に向けて


「楓と島桑の厨子」_蝋拭仕上 高さ18cm

長い冬がおわり土の匂いが立ちのぼっている
かならず、何事もなかったように訪れる春という季節
数え切れない生命が、再び動き始めて僕に語りかけている
僕達の仕事・樹から頂いたいのちの復帰

窓を開いて時間を忘れ彫り進む
大胆に正確に、限りなくそぎ落とされて生まれつつある新しいいのち

それは守られる側から守る側へと、、
還暦を境に、いつか生まれ変わるだろう歓びの予感と重なっている

生きている矛盾、命の犠牲
哀しみを判っていて、仕事は感謝と勇気と歓びに満ちている

もう少し陽が長くなって、心ゆくまで咲き誇る短い時間を・・
まだ寒い庭に降りてみると、彼女らはじっと待っている

再び静かに始まる冬の入り口はわかっていて、今年も精一杯咲いてみようかのように、僕の目には映っている

もうすぐみつばつつじ、続いてたとえようもなくつつましい、いとおしい野生の花たち

その精気に包まれ、僕はお気に入りのスケッチ道具を取り出す

やがて美しの山を埋めつくす、匂い立つような深紅のレンゲツツジが、僕達に限りない勇気を与えてくれるだろう
その歓びが僕の心に染みこんで自然への敬意にあふれた祈りのかたちに置きかわっていく



「 P E A C E・2008 」
 M様
、、、、、さて、木彩会出品作品について
僕の仕事は還暦を境に、いのりのモチーフを進めていきます
(重い作品はもう無理ですねえ・・)

厨子とは、神棚や仏壇に分かれる以前からの、いのりの道具です
明治以降、日本は自然信仰をなぜか禁止したかのようですが、信州にはたくさんの道祖神があります
それがあらためて僕の中で自然への感謝と畏敬となり、制作モチーフとなりました
最近話題の運慶や政治宗教とは違って、昔は誰もが当たり前に拝んだ自然
これがなくなってしまうとなにもがこわれてしまいそう
そんな気持ちが原点です、、、、、、


鍛鉄革巻の背・渦巻きのついた手前椅子と卓_黒錆と蝋拭仕上げ
卓とは卓越の意で、単なる台ではないところから日本ではこう呼びます
食卓の如くで、食べる素材を頂くといった感謝が込められた、すぐれた職人のつくった美しいモノ、の意です
日本人でなくては作れない感性と柔らかな自然素材が特徴です



「小さな滝とあやめ」五月の庭にて


080328_三城シューレ・お陰様にて三年目

作品展示即売会

〜明日29日(土)から・湘南テラスタイルで〜

NPO法人三城シューレは、どうやら大過なく三年目を迎えました
元気な若者が少しずつ巣立っていく姿は、ひとかたならぬご支援の賜と、心から御礼申し上げます

さて、このたびシューレ副理事長、家山さまのお力添えにより、神奈川県の郊外型ショッピングモール「湘南モールフィル」内のインテリアショップ「テラスタイル」にて、若者達の作品を展示・販売させて頂く運びとなりました

弟子達の作品は、未来を担う若者達が過ごした時間の結晶と、昨年卒業して独立した深見昌記(現在愛知県名古屋市にて深見木藝を設立、活動中)、また今春卒業して独立予定の石川真帆の作品を各一点、展示いたします

また、この企画は、日本の工芸の新しい姿を探求する息子(アトリエ・エムフォオ)が、工房卒業生と協力しながら進めております。まだ力の及ばぬ若者達ですが、夢多き彼らを暖かくお見守り下さい

三城シューレは、工房を巣立つ若者にも、様々なサポートを続けていきたいと思っています。今後とも倍旧のご厚情と、ご指導ご鞭撻を、心からよろしくお願い申し上げます

春の日差しを浴びて、工房や内弟子は発表にむけ制作の日々を過ごしております。今回の企画をご呈示下さいました家山様はじめ、ご意見を頂戴した皆様に心から厚く御礼申し上げます
   

神奈川県藤沢市辻堂新町4-1-1 湘南モールフィル1階 

藤沢駅ご利用の場合

藤沢駅北口より [神奈中バス] 神明町経由、高山車庫行きに乗車して[ソニー前]バス停下車

・辻堂駅ご利用の場合

辻堂駅北口より [神奈中バス] 辻堂駅北口経由、高山車庫行きに乗車して[ソニー前]バス停下車


 

080215_きさらぎ_雪かき


明け方雪をかいて、カミサンが無事出勤する

愛しい庭が、朝日に輝き始めて、あまりにも美しい

如月半ば、陽光はすでに春の匂いをおびている


080201_大寒

お寒うございます


子供たち~大門沢氷結_三城移住の頃

最近の工房(スライドショー)



080123_還暦

江戸再考
~どれほど若者を笑わせたか・引き立てたか
どれほど大切なことを伝えたか~

さまざまな影響を受けている~三代を過ごした大好き東京、、
自分とは何だろう
今年は新人デビュー、江戸を振り返ってみようと思います

若者達_宮坂直志

還暦祝いに集まってくれてありがとう

24年前、縁もゆかりもない三城。思い返せばそのころの君の存在は、不安な僕達家族にどれほど心強いものだったのでしょうか
かけがえのない存在、それが一時代を経て、新しい意味を持ち始めていて感謝々、、


宮内庁御用達・前原光榮商店の傘
プレゼントの感動というものはお付き合いの時間なくしてはなかなか得られないものですね。
僕達のことと、いいものが解る貴君ならではのベストチョイス !!!選んで頂いたストライブはとても気に入りましたし、そればかりではなく思い描く年寄りに向かってモノから学ぶことの大切さを思い直しています
なにより僕が育った江戸下町が伝えてきた大切なものごとを再認識する機会となり勇気と方針を与えられました。いつまでも大切に使わせて頂きます



長く使う大好き
僕と同じ江戸っ子三代目・いい顔してますねえ



貴君半人前
どころか、ホームページで訴えていることに皆感動しています。ますます自分を磨いて、堂々と僕はここにいますと続けて下さい
それから亡き父君の絵を自分の言葉に置き換えて、本当の感動を訴える建築を創ってください

還暦を節目に僕達は裏方に廻り縁の深い若者を引き立てながら、大切なものごとを共に探し伝えていきたいと思っています
どうぞ今後ともよろしくおねがいします
悩みながら、皆で深い喜びにたどり着けるような人生を歩んで下さいね。そして僕達に出来ることがあったら、是非やらせて下さい
心からありがとう

ブリ・昨秋の大漁
僕が中学生の時には、父は長野の養護学校に単身赴任していましたので、毎日父と顔を合わせていたのは13才位までだったと思います。それから父を18才で亡くした後、男とは、父親とは、人間とは、仕事とは、人生とは、人間にとって(自分にとって)本当に大切な事を教えて頂いたと思っております。又、怒る時は怒って頂いたり、本音で話して頂ける事が何より嬉しく思います。簡単に言うと、かっこよくて尊敬できる素敵な男(大人)が純一さんという事だと思います。

民江さんにもしっかり怒って頂いた事(特に中学の時)やアドバイスを頂いたことは今でも大事に心に受け止めております。やはり本音でいろいろ話して頂けるのが嬉しいです。
まだまだ大したことは言えないのですが、人生の節目節目で純一さん、民江さんには大切な事を教えて頂きました。

純一さんがおっしゃられるように、お二人にして頂いた事は下の世代に返しなさいという言葉は肝に銘じておりますが、でしゃばりかもしれないとは思いましたが(大作に相談しました)、日頃の感謝の気持ちをお二人にとって還暦という節目にお伝えできればと思いました。

父とは酒を酌み交わす事と還暦を祝うことができませんでしたが、純一さんとお酒を飲み、還暦をお祝いできたことは本当に嬉しく感謝しております。ありがとうございます。
まだまだ半人前ではありますが、これからもよろしくお願い致します。
お二人ともお体にはくれぐれも気をつけてご自愛くださいますようお願い致します。
本当にいつもありがとうございます。
直志は息子と中学の同級生。三城で薪割りをして大切な時を共有し、都会育ちの僕達に田舎の良さを教えてくれた深く明るい好青年です。都会から故郷へ戻り建築設計事務所をほそぼそと、しかし逞しく運営始めました。

都会の洗練はともすると不健康になりがち、山の辺建築設計事務所が創造する 「健康で美しい」建築設計にご期待下さい


宮坂直志さん・山の辺建築設計事務所ホームページ


080118_還暦

批評_小椋正幸さんの酒杯によせて

時折り作品の批評を頼まれることがありますが、僕には批評したりされたりの欲求がありません
人の作ったものごとに私見を述べるのは大変なエネルギーを消費させることになるし、そもそも他人の好みや生き方に口をはさむ発想がないし、自分とはちがう人たちをみていると楽しくて外国へ行ったような気分になります

朝礼では注意を促したりしなければなりませんが、目的は怪我と事故を防ぐこと、各々が自分を磨くためなので、芽生えた若者達の間違いのない発想に余計な口を出さないようにしています。
そもそも年を経て身につけたい良識、たしなみや作法は自然から学ぶべきことがらだと思っているのです。〜だいいちに説教なんてことをすると大変疲れるばかりか、こわいと嫌われるので黙っている方が体も楽なのです

しかし時折、価値観や嗜好の共有できている友人や後輩、或いは先輩には感想を述べます

もっともそこまでいくと、口に出さなくても目でわかるものですが、遠くてメールなどする機会などには、自分がつかうエネルギーを愛だと信じることが出来るような年寄りになりたいと思うわけです
このようなホームページで何を言おうが一銭になるわけでもないのですが、徹夜してでも書きたくなるのは、さまざまな立場の方との、価値観やものさしの共有といったことが、安心できる家族といるようだからでしょう

飾りというものは難しい存在ですが、工芸は使ってみないと本質がわからない
酒を注いでしばし見つめていると、ほろ酔い脳みそに、冬の清流の底にきらめく銀鱗が出現、
初めて見た君の意匠には、作品に備わった「華」が何より嬉しいです

このたびはさまざまなお心配りをありがとうございましたお陰様にて若者は貴重な夢を頂けたようです

数々お土産を頂戴し、今日は心のこもったそばを有り難くいただきました

昨日は食べる時間がなく心配でしたが、杞憂ほっとし、いつもののどごしと香りを楽しませてもらいました

酒杯を初使いさせていただくのが楽しみで、雪の中気に入りの酒を買いに出て、制作のお気持ちを拝察しながら、長年のご縁、大作までにもお心配りいただいたことに感謝しつつ酒と木曽の雪景色を忍んでいます

好きなものを作らせていただけることは共に感謝ですね

さて、箔の大きさとバランスがさりげなく、散らし方に作為を感じることなく、器体の大きさバランスとあわせて品格を感じます。とくに高台のたかさの絶妙さが気に入りましたが、これはかっての貴君の椀にはなかった感性と思います

手がかかっているのに手離れの良さがかろやかで好きですが、これは手間暇掛けて作るとともに失いがちな、なかなか得がたい感覚です
この軽やかさはじっくり腰を据えて準備し事に当たり、見据えた最終の形に向かって、一気に挽く潔さの結果ではないかと、貴君のご精進が嬉しいです。君と初めてお目にかかって以来、サンドペーパーはだめだよとバカみたいに何十年もしゃべり続け、もういいかと思えた瞬間です

栗の木(でしょうか)は鉋が重く、僕達の仕事でも刃が研ぎ澄まされていないと刃跡が戸惑いを語り、作品も重々しくなりがちです
欲を言えば、裏側がいま少しすっきりと削りあがると、なお清々しいと思います。特に銘周辺は気をつけるといいと思います

いずれにしても溝に溜まった漆のさりげなさの魅力が、長い間飽きの来ない僕の愛用品となりそうです
頂戴してしまってよろしいのでしょうか

お心にかけていただきほんとに有り難う。落ち着いたらゆっくり呑りたいですね
それでは皆様にも、心から御礼をなにとぞよろしくお伝え下さい
寒さ厳しい折り、御父君はじめお大切にお過ごし下さい


小椋正幸さんのホームページ



080113_還暦 信州_松本_入山辺_三九郎


還暦とはどこか遠い処のことだと思っていました

今年から新人に還ります


M様

真剣に考えて下さってほんとに有り難うございます
自分だけよきゃあいい、っていうのは勝手なもんで、僕も世の中ステキになるよう、
少しでも多くのかたに本物を使って頂くように頑張らなくてはと思います

のせられてしまう僕らも悪いのは、政治家を選んでいるのと同じかもしれませんが、大したものでもないのに、大したものであるが如くを発信することは煽動です
現代は戦争の道具だろうがなんだろうが、売れりゃあいいって理屈が成り立ちすぎます

こんなことが出来るようになりました・・じゃあなくて、こんな悪いことも出来るようになってしまいました・・といったほうが正直な携帯電話や、箸にも棒にもかからない大人にしてしまう先割れスプーンなんかは子供をだめにする筆頭で、儲かるのはいいですが、そのうちバチがあたるんじゃあないでしょうか
文明の進歩イコール文化の退歩、その代表例とでもいったほうが良さそうに思います

当たり前すぎますが、大したものを大したものですと、ちゃーんと伝えるのが真面目な仕事ってもんです
心から感謝です


 


080110_夢の続き・・いろりを囲んで

M様_箸販売のご心配まことにありがとうございます

文明開化 (ってなんだ?) 以来、ナイフスプーンフォークが目新しかったのか瞬く間に定着しましたが、箸で食べられない鍋ものやスープなどなど、熱くても持ちやすいように人に優しく、木で美しくデザインされた椀や手取りのよい小鉢なんかがちゃーんとあって 、日本人って、箸だけで美しい作法さえ考えだっしゃったもんで、これは文化ですね

昔は手で食べていたんでしょうが・・マア、僕達みたいに道具なんか作らない、持たないナンてのがいちばんです


ことは箸だけではありません
人の口が大きな食器に近づく西洋と、ほどよい大きさの食器が口元に来ていただく日本の食文化との相違は、食器の重さ大きさや、テーブルと椅子の差尺に深い関係があるんです
20cm強の細い棒がたった二本。それだけで懐石や箸使いのお作法つまりテーブルマナーを作り出してきたJAPAN・・父祖の美意識に襟を正して真面目に研究したいもんです

だいいち、靴を履いて高さを合わせた椅子テーブルでは、腰痛も増えるし裸足ではなんだか変だ・・

僕は家具寸法の見直しがはじまるとすれば、もしかすると、きっかけは箸かもしれないとわくわくです

レジ袋をやめようと、ようやく廃止運動が広がってましたが、買い物袋持参にはやはりキャッシュバックですね

マイ箸持参の方、5円キャッシュバックなんてレストランが出たらいってみたい

環境税を使って+5円、計10円安ければ、みんなマイ箸持って歩いて、森も大地もまた復活するんじゃあないでしょうか


白熊さんだって大変なんだ

それはともかく日本では食器をだれそれ用と決めるので、食洗機で無駄なエネルギーを使ったりオイルボールなんてへんなもの海に浮いてなかったから、これだけ汚染が騒がれてくると、昨今見直したい日本の美徳だったのかもしれません。

それに多少親の爪のあかでも飲むくらいのほうが、壊れかけている家庭教育になるし、寄生虫がいた頃の日本には、慢性アレルギーなどなかった・・汗
ご先祖様は共通なんだと友人近隣家族となごやかに炭火でも囲んで、あったかい鍋でも じか箸で分け合っていただくから、愛が生まれるってもんじゃあないかしら

グローバルに考えようったって、地球を救おうったって、自分の国のこと満足に出来ずに人のことできません
コトは重大日本文化が滅びそう、国を挙げてマイ箸運動に力を注ぐよう国会での審議はむりでしょうか・・


すみません、起き抜けに夢の続きメールでお騒がせしました



080107_小さなことから_タダではなかった水と空気


家族一年箸

江戸時代、日本酒の酒樽材の余りの木が勿体ないと考え出された割り箸は、清潔好きな江戸人が生み出した美しい道具です。

以来間伐材を活かしながら森を育て、自然と共存してきた日本独特の文化ですが、現代はファーストフードや外食の機会が増えて、日本人一人が一年間に使い捨てる割り箸は二百膳にもなるそうです。

割り箸はサービス品で価格に限度があります。僕達は安い輸入品を消費して現地の樹々が育む森と大地を破壊し、美しい日本の山々も活かされることなく荒廃して空気と水やお天道様に悪影響を与え、運搬のためにエネルギーを消費してCO2問題をつくっています。

我が家では防カビ剤汚染などの心配がない信州国産木曽桧で、一年美しく使える箸を使っています。「桑、一位材摺漆の箸」をハレの場のものとし、毎日お世話になる箸を暮れに準備するのは、畳や障子を張り替えてその年の出来事を水に流し、清々しく新年を迎えていた日本人の心象ではないでしょうか。

小正月、左義長や三九郎等といった地方地方の伝統行事で、松飾りとともに去年お世話になった箸などを燃やすと、炎と煙に乗って正月を過ごした神様が天に帰るそうです。手に馴染んで生まれた愛着に執着しない潔よさ、或いは式年遷宮にも通じる日本人の心とは、自然からいただいた素材に感謝し、生 = 役目を終えて自然に還り、後輩を育むという伝統思想で、人の生き方のようなもんです
資源葛藤や環境汚染が招く問題に心をくだいて、さっそくやってみたい未来へつなげたい知恵ではないでしょうか。まだ使えるからもったいないはケチとの混同、転石苔を生ぜず、引け際肝心、ローリングストーンズを聴き直しましょう

割り箸は白木ですが、この箸はよごれが浸みこみやすい天削と箸先を日本の色を表した漆で塗り分けて保護しました。白木の部分が汚れたら、磨いて甦ってくる桧の香りと手触りを楽しみながら使うと、すり減って自分の手に馴染み本当のマイ箸になります。
毎年正月に新調し、おじいさん、お父さん、おばあさんやお母さんの箸、男の子、女の子の箸と、すがすがしい自然と「お揃い」を共有する休日は、信頼にあふれた家族の絆を育てると思います

僕の作るものは高価と思われがちですが、一膳2000円として、日に二度使うと年730回、一回あたり3円弱になりますから使い捨てとおなじような額になります

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