
本年もありがとうございました。2007年が素晴らしい一年になりますよう
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お陰様にて工房一同大過なく一年を過ごすことが出来ました
来年も元気で制作に励みます。なお一層のご厚誼をよろしくお願いします。 |
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061226_日本人の精神性_白澤さんとの会話から 4
日本のお正月・しつらい_飾る_祀る

芦屋I氏邸で
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| 歴史を刻むごとに、風習や風俗あるいはマナーとなることがらの中には、単に因襲となって、インテリアのビジョン構築や自身の創造の妨げとなる場合があります。
家庭の中での調度品、特に厨子仏壇は宗派などの決まりごとや習わしにとらわれやすい存在です。 生活環境が西洋風になった現代では、仏壇の形やしつらいが変わっていくことはむしろ自然なのですが、昔ながらというのは、それらが家庭の中での最も大切な存在だからこそ、あたらずさわらずにしておこうといった感覚があるのかもしれません。世代での考え方の違いは大切で、すべてにあてはまるわけではありませんが、核家族のマンションで仏壇をどうするは、近い未来の暮らしかたの課題です。 |
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遙か昔、正月と盆には氏神と祖先に思いを馳せて、簡素な板に野辺の花や僕達が口にする食べ物を供えたという祈りの起源は、住まうことや食べて生きていくための犠牲への感謝、地域や家族、自分のルーツの確認といったことが始まりです。 日本で発展してきた仏壇のかたちは檀家制度の成立以後の形式ですから、思っているほどには古い歴史があるというわけではありません。 厨子は大切なものをしまう箱のことで、仏壇も厨子に含まれます。以前修道院ヘお邪魔した折リ、キリスト教の祈りの場にも美しい厨子があり、パンとワインをいれるものとことでしたが、民族は違っても、大切なものを箱にしまうという思いは共通なのだと実感した憶えがあります。 天平時代、正倉院黒柿の厨子には食べ物を仕舞った記述があり、キッチン・厨房には同じ字を使います。 |
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![]() 桑材の厨子 |
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![]() 栃材擦りうるし仕上飾台とオブジェの椅子 2006年 |
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日本では葬式が出たときに仏壇を新調するケースが多いので、何となく縁起が悪いものととらえる方が多いようですが、本来は死者を祀るためにつくるものではなく、大黒柱のようにその家を象徴するお目出度い大切なものと僕は思っています。 元気なうちから作品を楽しみたいというI氏の依頼で、今仏壇と飾り台を制作中です。 神社など、日本の建築の屋根のてりの形、鳥居や日本刀のカーブにみられる美しい自然の曲線は普遍性を備えた日本の伝統美といえるものですが、それらの要素を形に取り入れ、金属を組み合わせた筋交いと、金箔をほどこしたイニシャルでPX(平和)を表しています。 現代の若い人たちにとって日本のかたちは新鮮で、工房の若者も風呂敷などに日本の伝統美を感じているようです。機能というものは時代と共に消滅していきますが、美しいものは機能を離れて伝統美となります。自然に思いを馳せながら人生を歩んでいく道程からマイスタイルが生まれ出ていく楽しさは、今まで知らなかった自分発見ともいえて創造のよろこびと言えましょう。
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THANX!!!今年も楽しい一年をありがとうございました
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061220_日本人の精神性_白澤さんとの会話から 3
ささやかな贅沢_箸・その2

家族の絆・一年箸
木曽檜の五行箸
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侘びさびた古き良きものを伝承することと同居しているもうひとつの対照的な考え方、真新しい、精々しいものを尊ぶといった日本人の精神性は、樹の国においては、理にかなった自然素材の共通する使い回しと言えて、日本人が考え出した独特の知恵と言えるのではないでしょうか? |
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割り箸はサービスですから、価格に限度があり、日本産は割に合わなくなって、ほとんどが中国からの輸入品を消費することになったのですが、その量が膨大で、中国大陸が砂漠化してしまうという心配は緑に覆われていた過去からの歴史から頷くことが出来ます。 |
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| 我が家ではしばらく中国産の竹の割り箸を使っていましたが、最近の木竹材は防腐材や防虫防かび薬品に汚染されていて、化学塗装が施されているものもあり、アレルギーの原因にもなるもっとも危険な素材ということを知ったことがきっかけ、地球砂漠化温暖化とも合わせてロハスな箸を自分たちで作ろうということにしました。 前述、一生ものの「マイ箸」とは別の観点から、お正月に家族が今年一年お世話になるお揃いの新しい箸を拵えて、新年をすがすがしく迎えるといった日本人の感性に則った作品です。 |
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割り箸には「元禄、小判、長禄、利休」などの様々なかたちがあり、天削(てんそげ)というのは大正時代からのもので、頭の部分を切れる刃物でスパッと潔く切り落とした形が、生きのいい魚を包丁でさばいた刺身のような感覚でキリッとしています。 木曽檜で作った木地はいかにも清潔感にあふれて魅力的ですが、国産檜の価格は最高級の建具材では立米(1mX1mX1mの容積分)100万円にもなります。さすがに使い切りは勿体ないと、一年間、家庭で使える事を条件に漆を塗り丈夫にしました。木と漆という自然素材は廃棄しても土に還って、地球との循環、本当の意味でのリサイクルです。
西洋のように同じものを皆で使わず、日本の食器は個人使用が原則。懐石の作法のように洗剤で不必要に洗う必要もなく、日本のきれいな水が守られてきたのではないでしょうか。それぞれをおじいさん、お父さんの箸、おばあさんやお母さんの箸、男の子の箸、女の子の箸と、楽しく五色で塗り分けてみました。 |
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| サッカーチームや会社でのユニフォームという感覚は、ファミリーで共有する一体感が絆となり、暖かい信頼感に溢れますが、「お揃い」は現代の家族にもっとも欠けているものではないでしょうか。社会を構成する最小単位が信頼し合い、愛情に包まれてこそいい世の中になるのではないかと思っていますが、このような箸が幸せな家庭に結びつけば本望です。 価格ですか? 一膳2千円。例えば五人家族が毎年暮れにこんな箸を新調して、すがすがしいお正月を過ごし、一年に一万円使うというのは、愛情のあふれたささやかな贅沢といえるのではないでしょうか。 |
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061214_日本人の精神性_白澤さんとの会話から 2
ささやかな贅沢_箸・その1

桑一位材・摺りうるし仕上げ面取りの箸
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エジプトもイースター島も、樹を使い尽くして滅びたと聞くが、日本人が培ってきた昔からの知恵と工夫でお互いを生かし合う事ができれば、縄文弥生から続いてきた樹木と人間の共存の事実から覗えるように、地球はいつまでも続くだろうと思うのは夢だろうか。 日本人の樹木とのつきあい方の伝統は深く、賢い歴史を持っていて、目減りしないように倹約しながら資源を使い捨てていく石油文明とは根本が違って、工房の生活はロハスで不便を楽しみ、暖かく美味しく、心は豊かである。 |
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![]() 秋の栗おこわ
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日本独自の木で作る箸、茶碗という道具は、農産物、海産物を神様が食べ、余りを人間が頂くという考えを基に、神と人が共に食事をする儀式のために作られたのがルーツで、神聖な道具は繰り返して使わずに、新調するという感覚があって、真新しく、清々しいものを尊ぶという日本人の精神性となっている。 それにしても平民に使い切りは勿体ないと、漆が塗られ、箸が反復使用することが考えられたのは鎌倉時代で、僕達も作品の端材がでるととっておき、時折り、摺り漆仕上げの箸を制作する。 桑の箸は健康長寿脳卒中に防止になると古来からいわれ、一位の箸とともに正月の縁起物とされていて、こういった箸の文化は日本の正月の行事と共にありふれているようでいて世界に類のない木の国の特徴といえるだろう。 今年最後の仕事を仕上げるこのころ、慌ただしさと楽しみが同居して、おせちを作ったり、鏡餅を飾ったり、正月用の箸を拵えるのは楽しい。 |
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061210ご来場ありがとうございました
東京帝国ホテル「銀座天賞堂・クリスマスフェア」

2006年12月2日東京帝国ホテル・アーティストコーナーにて
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日本人の鷹揚さ、あるいは無宗教感に対しては諸説紛々ですが、ネットでものが買える時代、縁ある人々が集い、楽しく会話を交わしながらショッピングを楽しむ時間、例えお祭り騒ぎだったとしても、普段と違った一日といった感覚、晴れの日、けの日・・というのはなかなかいいものんだな・・と田舎暮らし僕達にとって嬉しい展示会となりました。 クリスマスに向けて、天賞堂の顧客感謝セールの催し「アーティストコーナー」は、太子像を彫ってくれた高山の小坂礼之さん、タラセア制作の星野尚さんと小生三人の展示です。 銀座での展覧会は、準備にもそつのないようにと力が入りました。 僕達もおしゃれを楽しみ、思い出に残る特別な日になって、もの作りとして大きな張り合いとなった貴重な一日でした。 「祈りのかたち」に、このような形で発表する機会をいただくことができたことは、作品スケッチを長すぎるほど暖め続けた小生にとっても心に残る思い出です。 |
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専門店とスーパーマーケットとの違いはなんだろうか? 個性的なサービスなどなど、顧客満足度の度合いなんでしょうが、僕は商品に対する専門知識の高さだと思っています。 お客様の聞きたいことはなんだろうか? 木の名前、作り方、製作にあたって苦労をするところ、作家の主義や思想、デザインのねらい、大切にしていること、使う上での注意、メンテナンスの方法、調子の悪くなったときどうしたらいいのか?などなど、今のギャラリーや販売店のサービスはお客様の疑問に応えているだろうか? 僕達は作ることは出来ても言葉で説明するが苦手だからこそ代弁してくれる人がありがたいのです。
無駄な経費を省いて少しでも安く買って頂きたい、商品にはきれいな衣装を着せて上げたい。分け隔てなくこの日の記念品をお配りしたい、などなど僕の疑問を覆すような、ほっとするような銀座一流のサービスを学んだような気がしました。理論ではないセンスとはこういったものなのでしょう。 いいものを作れても、なにかと力の足りない僕達を助けてくださったSさん、Yさん、作品をほめてくださったMさん、Hさんはじめそのほかのたくさんのかたがた(今回は売れ残りが少なかったのです)心から有り難うございました。 今年の展覧会はこれにて無事終了することが出来ました。 |
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ありがとうございました
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| 「創・の現場を訪ねて」、という記事に小生もとりあげていただくことになり、白澤幸恵さんが取材に見えました。 市民タイムスは松本市を中心にした地方新聞で発行部数は7万部ほど。インターネットはじめ AM・FMなど、僕のようにTVがなくても大きな事件などのニュースは情報が充分な現代は、むしろマスメディアに載らない地元密着型のコミュニティーや文化活動、創作活動などの記事が楽しく、紙面が興味深く一市民として貴重な存在です。 信州は木工作家の数は日本一ではないかと、木の匠たち・をまとめてくださった西川氏のお話ですが、ほかにも様々な分野の方が数多く創作活動をしています。地域的にも木曽から安曇野まで広範囲にわたり、そういった作家の方々の生き方と作品を、シリーズで取り上げてくださっています。江戸指物、伝統工芸ってなんですか?という若い方らしい素直な疑問に、「かたちを継承する」ことだけにとらわれていて、この仕事は過去の存在になりかけている・・と思う小生、数時間の取材中質問にお答えしながら、伝統とはなにかを自身で振り返るいい機会となりました。クリスマスに発行していただきうれしいです。 THANX!!! |
「創る・の現場を訪ねて」 |
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大量生産、大量消費が美化された高度経済成長期、日本のものづくりは変わった。職人技を伝承する人は減り、家を建てる材木は建材になり、学校で使う机も木製からスチール製の「命のない工業製品」に切り替わっていった。 オフィス家具メーカーに身を置きながら「消費社会は人間を良くしないのではないか」と思わずにはいられなかった。 毎日勤めから帰ると、細々ながら確かな技で江戸指物(さしもの)を作る父親の姿があった。「自分が継がなければこの仕事はなくなってしまうとも思った」。二十五歳で会社を辞め師事した。 指物は、ほぞで板や棒を組み合わせる伝統的な木製品だ。特に江戸指物はきゃしゃで粋で「極限の薄さを追求しながらも削るごとに大きく強くみせるもの」だという。父を見習って技を身に付けた。 三十歳の若さで日本工芸会木竹部正会員となった。「伝統的な感性を結果的に形に表す」ことに専心し、江戸指物師の三代目として精巧な技を土台に、鉄や銀、鋼、革なども取り入れたモダンでシンプルな独自の工芸品を生み出している。 自宅兼工房は、美ヶ原高原中腹の山あいにある。市街地から一時間近く車を走らせカラマツ林を抜けた所に広がる集落「三城」が気に入り、自ら設計して弟子たちと建てた。「自然と遊離しない、自然と一体感のある生活の中で使うものを作らなければいけない」。作品作りは人生をデザインすることと同じと考え、発想の場から手掛けたのだ。昭和五十九(一九八四)年に工房を移し、現在は四人の研修生と創作している。 作品が人の心に訴える心理的機能を大事にする。その機能があるものは使い続けられ、美を増し、やがて伝統になると考えるからだ。その上で「未来の生活様式を創造して」、神社の鳥居の曲線など日本人の美意識に訴える曲線を表出させ、使いやすく丈夫なデザインを練る。日本の日常生活にいすやテーブルが入り込んだのは、たかだか半世紀前。日本の民族性や暮らし方と融合させ「日本のものにしていく途中がいま」だと思っている。 若い作り手に、伝統的な木工技術という文化を伝承したいと願い昨年、特定非営利活動法人(NPO法人 「三城シューレ」を立ち上げた。 「暮らしの中で日本人の伝統、つまり習慣や美意識といった精神性も学んでほしい。それが形になるから」と寝食をともにする。自身の意匠はNPOに寄託し、研修生たちはそれを見習って稽古(けいこ)″に励む。 「火を見ていると勇気がわくね」。薪(まき)ストーブを前に、二十年以上も前に作った原点ともいえる「僕の椅子(いす)」に座り思索する。「木には命がある。立っている木にはない機能と美しさを出せるものを作らなければ」と、自然に囲まれた暮らしの場で、万物に宿る命を思いながらの創造が続く。
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日本人の精神性 1 取材にみえた時、作っている正月用の箸を一例にして、日本人の伝統、つまり民族の個性や習慣、美意識といったものごとは、伝わるかたちをいうのではなくて、精神性をいうんだよ、と白澤さんと始めた会話を振り返りながら、日本人である自分がデザインし、創る「かたち」とはどういったものなのかを、作品を顧みながら反芻してみることにする。 |
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木口に漆のへら置き鍛鉄脚の座卓1998年
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「かすみたつ春のひと日をのぼりきて杉植えにけり那智高原に」
今上天皇陛下昭和52年植樹祭にて 花粉症は排気ガスとの複合汚染が原因らしく、CO2汚染のなかった昔は薬もマスクは必要なかったから、それは樹のせいばかりではないと弁護したいが、もののいえない樹ばかり「やり玉」になり、不当にも嫌われることになった日本の樹「杉」は漆をJapanと呼ぶが如くに Japan cedar と呼ばれるがなんとも形勢が悪い。県木・県花があって、未だに国樹がないのは不思議で、制定するとすればこの樹以外に考えつかないが、屋久杉は有名になり、本州に当たり前すぎるこの樹を軽視する傾向は、かっての、とき鳥やメダカと同じく、将来少なくなってから慌てて騒ぐ人間というものだろうか?
一般に松、檜、唐松といった針葉樹は長年使って傷つきながら美しさを増すのが魅力で、合板や新建材、プラスチックで固めたような似せものの木が横行している現代は、この木のよさは理解しづらい玄人好みともいえる。 西洋の香りは動物質から採り肉体に作用し、東洋の香りは樹木から採り精神に作用するといわれている。 |
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| 機械の騒音が消え、静寂の中、S.フランソワのラヴェルとともに、削る音と刻む音の中で時間が無心に過ぎてゆきます。 〜絹ずれの音が聞こえて・・など、日本の格調高い静けさというものの表現がありますが、昔から僕達が「ただ」だと勘違いして消費してきたきれいな水、空気、静寂といったお金で得られないものが現代は利得や価値観を超え、あらゆる人類の共有財産となったような思いがします。薪や炭のはぜる音、松籟(しょうらい)、爽やかな風の音など自然が発する音に比べ、モーターやエンジン等の人工音は余り心地のよいものではなく、そういった騒音が満ちた猥雑な環境からは高貴なものは生まれてこないのではないでしょうか。 父が残した大切な胴付き鋸、何十年も使い続けた自分の鉋は、切れ味も美しさも磨かれてきて、木工仲間S女史から譲りうけたボールペンを仕込んだ豆毛引は、滑るように滑らかな線を描きます。(いいものを譲っていただき感謝です) 機械がものを作る時代、手間はかかっても、今まで培ってきた技術と惜しみない時間、自分らしい充実感を味わいます。 |
| 胴付鋸 |
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1.5ミリほどのほぞを作るのに欠かせない胴付き鋸は宝物 No.1。 父の代から長い間手入れをしながら使い込み、鉄が深い味わい深い黒褐色のひかりを放っています。 使い捨ての鋸はよく切れても、腰が弱くて使い心地が悪いものですが、すでに東京には刃をうまく作り直してくれる目立て職人がいないようで、いつまで使うことが出来るのでしょうか・・・この機会にと桐の木で保護カバーを作りました。 |
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際鉋(きわがんな) |
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| 内隅(うちずみ)をきりっと仕上げるのに欠かせない際鉋は、大小五対(左右一組)ほどあり、刃の仕込み角を53度で作ると一枚刃で逆目を押さえることが出来ます。これは最も小さく長さ7cm。組みあげる前に漆を塗る仕事は、調整するときに金と同じ堅さの漆を削ることになって、刃がこぼれやすく、僕の鉋の刃はHSS鋼と決めています。際鉋は片側に押さえのない台に刃がはまる構造、作ってから数年は赤樫の木が不安定で、使うたびに調整を繰り返します。最近はどうやら馴染んでご機嫌がよろしい。 しかしこういう細工を機械仕事にすると、ルータかトリマーで、大ごとになり、回転する刃物の痕を消すのに手間がかかり、うるさくて屑やほこりがたちこめ、ストレスが大きくて仕事が面白くない。なぜか最近の電動工具はすぐ壊れて直すことも出来ず、金もかかり捨てると有害な廃棄物となります。手仕事・・熟練した自分の手がスッと動いて一瞬で仕上がるのは気持ちのよい代え難い感動です。 |
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毛引き |
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| 線には太さがないもので、刃物でスミツケをしますが、この道具を豆毛引きと呼び、やはり自分で作るものです。(鉋でもなんでも小さいものは名前の前にに豆を付けます)極度に細い線のことを「毛」と呼ぶ習慣で、髪の毛一本分と言い表すとされますが、現実はもっと細く、髪の毛を十分の一ぐらいに裂いた太さといえばよろしいでしょうか。 鉋で作る最も小さな面の大きさを表現するとき、「糸面」と呼び、これは糸のように美しくカールした鉋屑がでてくることからの言い表しだと思います。計ってみると糸面の巾は0.2ミリのときもあり、0.5ミリの場合もあり、0.何ミリと表さずに「糸」と統一するのは、全体のバランスの読みを作り手の感性にゆだねるからで、美学といえます。美しい面とりは工芸品にとって重要で、数値指定からは決して生まれないものです。 |
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鑢(やすり)・つかみ・タップ |
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| 指物には錺(かざり)金物がつきもので、工房にも昔から金工道具があります。 職人は店に売っていない道工具を工夫して作ることによって、自分ならではの仕事をするのを楽しみとしていますが、 「つかみ」というのは自製の工具に自分で付けた呼び名であやしいもので、細かい部品などを掴んで細工するのに手放せません。 ねじ、ビス、ボルト(この呼び方には定説がないようですがどなたかお教え下さい)に関するハンドツールは、日本には最近までろくなものがなくて、いいものは西洋に多いのは機械文明先進国だったからでしょうか。若い頃東急ハンズで手に入れた愛用のタップ立ては、「Starrett.No.94-A」と刻印され、気配りが美しい姿に表れていて、このような工具は持っているだけでも楽しいものですが、お金で手に入る道具というのは、なんとなく張り合いがないものです。 |
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鑿・小刀・刻印用三角刀 |
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| 小刀類は木工の基本、素朴な刃物で種々様々な形があります。ほとんどは木工職人の要望によって鍛冶職人が作ったものが原型となっているようです。このころから「J」を刻印にしましたが、この両刃は92年に作りました。片刃を仕立て直して一位の木に仕込んだ愛用品です。 | ||||
| 刻印の構成要素の矢型を彫るために作った三角刀と鑿です。このような刃物は昔から鑢をナマして作り焼きを入れます。シャープな切れ味を出すために柄を金属で作り、滑り止めに凧糸を巻いたり工夫しました。 漆塗り仕上げの作品に彫りますので三角刀の材質はやはりHSSです。 いまのところ気に入っている J を彫るのに恐らく一生使うことになるでしょう。 |
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![]() ご案内
※ご招待形式ですが、ご興味のある方は、会場をご案内させていただきます。 前田純一
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一息入れ庭へ降りると、一面に落ちている栗の実や、きのこが、冬の訪れが近いことを教えていた。 忙中知らぬ間に鍋物の季節になっていて、伊東君の味付けは薄口醤油が利いて暖かく、楽しい夕餉時、横には若者達思い思いのプランシュが完成して出番を待っている。 制作もここまでくると、仕事の苦労話が楽しく、運動会や誕生会の思い出話に花が咲いた。
頑強な体に隠れているような真面目さと優しさの伊東君に、ハンズ会場の舞台作りを頼んだ。
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061014_祈りの椅子・座板の一日

| 江戸指物は直線と直角、椅子は人体に合わせる自然の曲線で、形は対局となる 鉋は英語でPlaneと訳され、平滑で平らにする、あるいはまっすぐにするの意のごとく、曲線と、「なまがね」ばかりの椅子を作るに、今までの鉋はまるで役に立たないから、反り鉋ばかり作っていて、家内にいつ作品を作りはじめるのかと、心配をかけたのが、つい先日のことのように思える。
若い頃の作品を、反芻しながらいつまでも歌い続けるクラプトンが好きで、今日の削りのBGMに決める。
名誉や、賞をとったりする欲はとっくに失せている。
美しいは、こわいに通じる気がする |
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僕達は天使にも悪魔にもなる存在ゆえ、環境には怖いものがあったほうがいい。 ご先祖様だったり、火の神さまだったり、手長、足長のお化け、仁王様、仏像、キリスト、マリア様だったり、おっかない隣のじいさんや、ほんとはやさしいガキ大将や、師であったり・・ 街角にもどこにも、昔はこわいものの存在があって「そんなことをするとお化けに食べられてしまうぞ」などと、子どもの頃、僕も恐ろしい夢をみて、夜中便所に行けなかった憶えがある。
家庭というところは、家族にとってかえがたい安息の場所で、セコムが入り、現代機器が充実し、バリアフリーとなって、誰にも暖かく、怪我のしようもない居心地のよいところになるはずだった。 しかし虐待や暴力や、殺人さえも家の中の、珍しくもない出来事になってしまったのは、怖い存在が家の中になくなってしまったことも原因かと思うことがあり、これが理論や法律では解決できないものごと、椅子の形を借りた、祈りのモチーフをスケッチする僕の動機となっている |
| 東急ハンズ、手の復権展の会場は、新規オープンの6階エスカレーターを降りた正面、お客様の目には、「樹」が天から降りてきて、姿を変えたオブジェ、森林を思わせるような、人為の及ばない存在のような、椅子のように見えて、深い意味を考えたくなるような存在が、今回の展示での僕のメッセージ vol.1となった。 |
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現代の工場の仕事は、オリジナルデザインのひな形を、機械で正確にコピーする大量生産となり、人間性を疎外して、利潤を目的とする新規購入と消費を繰り返すが、それは、もの=地球資源ばかりでなく人の使い捨てと、有害廃棄物による環境汚染と引き替えに成り立っている。 |
![]() プランシュ 〜さまざまな個性〜 |
工房には僕と5人の若者が、デザインの同じ物を作ることを自己の勉強課題としている。しかし樹のもののデザイン制作とは、人の前に、すでに神が成し終えている仕事のうえに成り立つもので、個性を生かした教育とは、このことではなかっただろうか? 自然を人間の都合で作り替える事が出来るなどと思えば、傲慢で、そのうちバチがあたるかもしれない。 樹のデザインを生かす努力の結果、作品は表情の異なるそれぞれになって生まれ出てくるが、それは各々が個性溢れる人間として成長したことの表れである。センスのよさというものがあるとすれば、どれほど美を理解できているか、ということになろうか? |
| 当時、僕の出した提案はスケッチは紙にするのではなく、製材から上がった板にしてみよう、であった。 自然の木目を生かしてスケッチしなければいけない、という難題は、アルミ板も同じで、叩いた人の、個性溢れる作品となる可能性を秘めていた。 樹の個性を尊重しながら、デザイン制作し、工房の若者の定番となった様々な台は、使われる方のインスピレーションによって、同じように様々な使われ方をして頂いていて、「プランシュ・一枚の板」という名前を息子は考え出している。 |
![]() 鍛造アルミのコースター 〜作り手それぞれの表情をもった〜 |
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しかし、手仕事は、誰にでも出来る物でなくて、儲からない。 中途で仕事を終えた夕暮れ前、日一日と紅葉が進み、刻々と初日が近づき、こんなもんだな・・と思うが、なんといってもテーマは手の復権なのである・・泣 お預かりした昔の作品は、明日は、お化粧直しをして上げることができるだろうか? はやる気持ち・・・ 手の復権とはイコール、自然と人間性の復活である・・これは文明とふところだけが豊かになり、ハートを失いつつある我々へ向けた、問いかけ、メッセージ vol.2 となった |

![]() ![]() 松本の景観を考えよう・・ 街を美しくしようと、平成17年から始まった景観賞の審査に、今年も参加させていただいている
孤独な創作に向かう日々に、この年間行事は、僕にとって忙中の気分転換となり、
日本人のこころ「きもの」の美しさを世界の国々に紹介、 彼女が身につける、たしなみというもの 美しい女性になりましょう、とお弟子さんに説いていると、彼女は笑うが、 秋の信州、自然の恵みあればこその、素敵な美しい生き方に、ふれあう機会をいただく
信州・秋の味覚 地蜂の採取 庭に見えた地元の元気お年寄り、夢中になるキノコ取りと共に、初秋の豊かな愉しみ・・・笑 |
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![]() 東急ハンズは1976年に藤沢でパイロット店を開いたのがはじまり 鎌倉に住んでいて、木工教室のお手伝いをさせていただいたのは、かれこれ30年も前になる 当時からの仲間は、お店と共に立派に成長されて、過日催し物の依頼があった 今回計画中の新宿店での催しは、展覧会というより、我々手でものを作って生業とする者と、 |
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![]() 「INORI2006秋」
椅子に形を借りた祈りのモチーフ 「プランシェ」 神・SIZEN のデザインを尊重した
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今回の展示にあたって、シューレを応援してくれる仲間、S氏、T氏から作品をお借りすることにしたのは、時を経て生き続ける作品への憧憬
僕がいなくなっても彼らは、永遠に仕事を続ける・・・
キャリーデスクと折りたたみの椅子・1989年 一回目の銀座和光展に制作、その後Y氏が開いてくれた神戸大丸ジニアスギャラリーでの展示、藤沢宅でのお披露目を経て、T氏奥様の目にとまり、20年近くの時を経て、今は横浜で余生を過ごさせていただいている
ミュージックキャビネット 同じ頃、これは工芸品なのか、といった批判を聞きながら、たどり着いた、当時伝統工藝に夢中だった自分の、以後の制作の指針となったので、僕の恩人のような愛着がある。
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僕に作る機会を与えて下さった様々な友人達、そして今まで生きて来られたことへの感謝 息子はどんなステージを創るのだろうか? |
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060918 _あたりまえのはなし_小蕪亭にて
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漆のことなど電話で話すうち、Kさんの展覧会を見に行かないか?と 待ち合わせは駒ヶ根IC。塩尻から高速を走ると、景色はそろそろ秋色 女性一人でこの仕事は、今では珍しいことではない 妥協を解せない空論とわかっていて、それぞれが正しい理想を心に・・ |
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山の中のギャラリー「小蕪亭」は関西から移住した女性が経営 コンサートが開かれる店内でいただく手落としのコーヒーは、 彼女の息子さんの作ったテーブルセットに心を込めて並び、香しい
思いのこもった騙しのない仕事 贅沢なものを食べるためにやっているのではないよね、も 防腐剤漬け木材や、防虫剤漬け木材が、気持ち悪いな・・ 安全な素材技法は、僕達の、自分かわいさの健康管理で、 世の中を悪くするものは作りたくない・・ 秋のはじめ |
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| 家業を継ぐということは様々な難しい問題をクリアしないと実現しない ご多分に漏れず、厨子仏壇への制作準備に、すでに何十年も要してしまっているが、思い入れも深いといえるのだろうか?
今回の展示は気の遠くなるような長い時間を経た日本の、伝統的な蔵作りの建物ということで、昔ながらの畳の空間、床の間への展示は、変えようのない真理空間に、新しい機能を持ち込むという自分への挑戦といった趣きで、慎重に制作にあたった 日本で鳥眼杢と呼ばれるカナダ産のバーズアイメープルの基部に、鍛銅で作る屋根というのは初めての試みで、色上げに何度も失敗をくり返してしまう
「緑青」は普通の錆と違って内部に浸透しない美しい色合いの錆びで、自然の機能を生かした智恵だが、短時間に錆びさせるのは難しい。「たんぱん」と呼ばれる液体は、銅に緑青を発生させたり、銀などの金属の古美をだすための「色上げ」と呼ばれる技法に使う素材。これを用いて試してみたが、なかなかいい色合いにならない。妙にぼてっとした、明るすぎる釣り合いの悪いものとなってしまい、何度も試すうち、今回は思い切って作り直すことにした。 ※たんぱん液・硫酸銅30g・塩・酢
今回の色上げは、これは何度も経験した硫黄液(ムトウハップという製品名で薬局で売られていて、ふろにいれると殺菌効果のある温泉になる)による黒色仕上げ。これはなかなかいい古美がついて、やはり現代の塗料ではこの味は出ないと実感した 細かい作業もうまくなった息子に木部の細工を練習がてら手伝ってもらい、内部上面に金箔をはり、INORI像をほんのりと浮かび上がらすように・・これも初めてであった
新作のベンチ |

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搬入を明日に控え、若者が連日夜更けまで、会場の段取りをしてくれていている
夕方の庭に、僕は、久しぶり、普段任せきりの犬たちと降りてみる
撮り終えた仕事を整理し、自分が思い描いたものは、これほどでしかなかったかという思いは、いつものように頭をよぎるが、期日というものが、一種の諦めと、納得を促して、気持ちは一段落する
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出来上がった作品はつたなくても、精一杯打ち込んで得られる満足は 競争にやぶれても、きちんと走り終えたマラソンランナーに似ている 作品は、自分だけのみちのりなのだということが、若者達にもきっと解る時がくるだろう 見られることは稀でも、秋の風情を精いっぱい発散させている愛しい植物たちのように・・
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彫りおわると、すでに影は長い |
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| またたく間に通り過ぎる高原の夏。ひんやりとした空気に、秋の虫が彩りを添えているが、それは今は灼熱となってしまった都心での、遠い少年時代の、幻のような時間と重なっている |
| 急ぎすぎたような変化、大切な物事が破壊に向かった瞬間の、豊かな時代の幸せな思い出が瞼に浮かび、厳しい残暑の一日の終わり、僕は工房で祈り、素敵な夢をみる |
| あのときのような清らかな空気・冷たい井戸水・家族や仲間との談笑 貧しく、いたわりあい、助け合ったひとびと、打ち込む仕事が張り合いの日々・・・ |
![]() なぜだろう? ものばかりが溢れ、奪い合いながら目的の見えなくなった僕達 平安な日々、力のある、笑いが溢れる社会 |
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7月8月は毎年楽しい思い出が積み重なる
工房を訪れてくれた悪意のない人々、純粋な子ども、意欲のある若者と過ごした楽しいひととき この夏のような、あたりまえすぎるような時間が永遠であればと、手を動かし続けたい これからいくつ彫ることが出来るだろうか? |
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