THANX!!!


本年もありがとうございました。2007年が素晴らしい一年になりますよう

お陰様にて工房一同大過なく一年を過ごすことが出来ました
来年も元気で制作に励みます。なお一層のご厚誼をよろしくお願いします。
年末工房は飼ってはいけないジャックが四匹大騒ぎです


061226_日本人の精神性_白澤さんとの会話から 4 

日本のお正月・しつらい_飾る_祀る


芦屋I氏邸で

歴史を刻むごとに、風習や風俗あるいはマナーとなることがらの中には、単に因襲となって、インテリアのビジョン構築や自身の創造の妨げとなる場合があります。

家庭の中での調度品、特に厨子仏壇は宗派などの決まりごとや習わしにとらわれやすい存在です。
形、大きさ、揃える周辺道具など、大半がそれらをこれまでの型どおりにしているというのは、厄介なことが起きると面倒だから、といった気持ちが先立つのかもしれませんね。

生活環境が西洋風になった現代では、仏壇の形やしつらいが変わっていくことはむしろ自然なのですが、昔ながらというのは、それらが家庭の中での最も大切な存在だからこそ、あたらずさわらずにしておこうといった感覚があるのかもしれません。世代での考え方の違いは大切で、すべてにあてはまるわけではありませんが、核家族のマンションで仏壇をどうするは、近い未来の暮らしかたの課題です。

遙か昔、正月と盆には氏神と祖先に思いを馳せて、簡素な板に野辺の花や僕達が口にする食べ物を供えたという祈りの起源は、住まうことや食べて生きていくための犠牲への感謝、地域や家族、自分のルーツの確認といったことが始まりです。
日本で発展してきた仏壇のかたちは檀家制度の成立以後の形式ですから、思っているほどには古い歴史があるというわけではありません。
厨子は大切なものをしまう箱のことで、仏壇も厨子に含まれます。以前修道院ヘお邪魔した折リ、キリスト教の祈りの場にも美しい厨子があり、パンとワインをいれるものとことでしたが、民族は違っても、大切なものを箱にしまうという思いは共通なのだと実感した憶えがあります。
天平時代、正倉院黒柿の厨子には食べ物を仕舞った記述があり、キッチン・厨房には同じ字を使います。

桑材の厨子

栃材擦りうるし仕上飾台とオブジェの椅子 2006年
  

日本では葬式が出たときに仏壇を新調するケースが多いので、何となく縁起が悪いものととらえる方が多いようですが、本来は死者を祀るためにつくるものではなく、大黒柱のようにその家を象徴するお目出度い大切なものと僕は思っています。

元気なうちから作品を楽しみたいというI氏の依頼で、今仏壇と飾り台を制作中です。
美しいものを床の間に飾っていた日本人の精神性、木と漆でものを作ってきた自然感を基礎に、現代の生活空間での「かざる、まつる」行為を一つのかたちにしています。

神社など、日本の建築の屋根のてりの形、鳥居や日本刀のカーブにみられる美しい自然の曲線は普遍性を備えた日本の伝統美といえるものですが、それらの要素を形に取り入れ、金属を組み合わせた筋交いと、金箔をほどこしたイニシャルでPX(平和)を表しています。

現代の若い人たちにとって日本のかたちは新鮮で、工房の若者も風呂敷などに日本の伝統美を感じているようです。機能というものは時代と共に消滅していきますが、美しいものは機能を離れて伝統美となります。自然に思いを馳せながら人生を歩んでいく道程からマイスタイルが生まれ出ていく楽しさは、今まで知らなかった自分発見ともいえて創造のよろこびと言えましょう。


061225_メリークリスマス


 THANX!!!今年も楽しい一年をありがとうございました



061220_日本人の精神性_白澤さんとの会話から 3 
ささやかな贅沢_箸・その2


家族の絆・一年箸
木曽檜の五行箸


侘びさびた古き良きものを伝承することと同居しているもうひとつの対照的な考え方、真新しい、精々しいものを尊ぶといった日本人の精神性は、樹の国においては、理にかなった自然素材の共通する使い回しと言えて、日本人が考え出した独特の知恵と言えるのではないでしょうか?
江戸時代に蕎麦、鰻を食べさせるお店、今で言う外食産業が生まれ、日本酒の酒樽材の余りの木を利用して考え出された割り箸は、清潔好きな江戸人の精神文化が生み出した日本の美しい道具で、利休型などの様々な割り箸が現代に伝わっています。
1978年頃から割り箸は環境破壊なのか、低利用材の有効利用なのかという議論が盛んになっているそうです。1990年の割り箸の消費量が1960年の6倍になり、日本人一人が年間200膳もの割り箸を消費している現状は、世界的な人工増加や外食やファーストフードやお弁当を食べる機会が倍増したことによると思いますが、適材適所に素材をまるごと生かし切ろうとした知恵は、端材も捨てては勿体ないといった工夫だったと実感するのは、子どもの頃父が使った樹の残りを日本橋にあった光湯という銭湯に持って行き、町内会の人たちと暖かい湯船につかった経験からかもしれません。


割り箸はサービスですから、価格に限度があり、日本産は割に合わなくなって、ほとんどが中国からの輸入品を消費することになったのですが、その量が膨大で、中国大陸が砂漠化してしまうという心配は緑に覆われていた過去からの歴史から頷くことが出来ます。
奈良の吉野では、特産吉野杉の端材の有効利用から割り箸を作っていましたが、今では採算が合わずに生産が減少して風前の灯と言った状況のようです。吉野という会社はなお端材を生かそうと、粗品として関係者に配っていますが、木が勿体ないという日本人の感覚は、割に合わなくても正しいことをしたいという人間らしさではないでしょうか。割り箸を使い捨てるために木を大量に切り出すのはもちろんいけないことですが、今では木で作る家や家具も少なくなった事で端材も出なくなり、木の使い方のバランスが崩れている事も原因だと思います。

我が家ではしばらく中国産の竹の割り箸を使っていましたが、最近の木竹材は防腐材や防虫防かび薬品に汚染されていて、化学塗装が施されているものもあり、アレルギーの原因にもなるもっとも危険な素材ということを知ったことがきっかけ、地球砂漠化温暖化とも合わせてロハスな箸を自分たちで作ろうということにしました。
前述、一生ものの「マイ箸」とは別の観点から、お正月に家族が今年一年お世話になるお揃いの新しい箸を拵えて、新年をすがすがしく迎えるといった日本人の感性に則った作品です。

「天削」

割り箸には「元禄、小判、長禄、利休」などの様々なかたちがあり、天削(てんそげ)というのは大正時代からのもので、頭の部分を切れる刃物でスパッと潔く切り落とした形が、生きのいい魚を包丁でさばいた刺身のような感覚でキリッとしています。

木曽檜で作った木地はいかにも清潔感にあふれて魅力的ですが、国産檜の価格は最高級の建具材では立米(1mX1mX1mの容積分)100万円にもなります。さすがに使い切りは勿体ないと、一年間、家庭で使える事を条件に漆を塗り丈夫にしました。木と漆という自然素材は廃棄しても土に還って、地球との循環、本当の意味でのリサイクルです。

西洋のように同じものを皆で使わず、日本の食器は個人使用が原則。懐石の作法のように洗剤で不必要に洗う必要もなく、日本のきれいな水が守られてきたのではないでしょうか。それぞれをおじいさん、お父さんの箸、おばあさんやお母さんの箸、男の子の箸、女の子の箸と、楽しく五色で塗り分けてみました。
日本の漆工芸には彫漆という伝統技法(色漆を何層にも塗り重ねて削ったときの層の美しさを生かしたもの・日本工芸会の音丸耕堂先生の作品が有名です。)があり、美しく彩った色漆と金箔を使って、五色を家族の個性に例えたものです。仏教では五行、「地・水・火・風・空」という大切な事柄をきれいな色で表しますので「五行箸」とネーミングしましたが、それほど深い意味ではなく「きれい」だからといった単純な発想です。

サッカーチームや会社でのユニフォームという感覚は、ファミリーで共有する一体感が絆となり、暖かい信頼感に溢れますが、「お揃い」は現代の家族にもっとも欠けているものではないでしょうか。社会を構成する最小単位が信頼し合い、愛情に包まれてこそいい世の中になるのではないかと思っていますが、このような箸が幸せな家庭に結びつけば本望です。
価格ですか? 一膳2千円。例えば五人家族が毎年暮れにこんな箸を新調して、すがすがしいお正月を過ごし、一年に一万円使うというのは、愛情のあふれたささやかな贅沢といえるのではないでしょうか。

061214_日本人の精神性_白澤さんとの会話から 2 

ささやかな贅沢_箸・その1


桑一位材・摺りうるし仕上げ面取りの箸


エジプトもイースター島も、樹を使い尽くして滅びたと聞くが、日本人が培ってきた昔からの知恵と工夫でお互いを生かし合う事ができれば、縄文弥生から続いてきた樹木と人間の共存の事実から覗えるように、地球はいつまでも続くだろうと思うのは夢だろうか。
東京人がかって営んでいた武蔵野の雑木林とのつきあい方は賢明で、現在他の国でエネルギー源として使われている樹木は根こそぎ燃やされてしまい、森林破壊と空気汚染の原因になってしまっていて、このことは我が国でも、建築家具調度、木で作られたものを使い捨てている時代と同義で悲しい。

日本人の樹木とのつきあい方の伝統は深く、賢い歴史を持っていて、目減りしないように倹約しながら資源を使い捨てていく石油文明とは根本が違って、工房の生活はロハスで不便を楽しみ、暖かく美味しく、心は豊かである。


秋の栗おこわ

日本独自の木で作る箸、茶碗という道具は、農産物、海産物を神様が食べ、余りを人間が頂くという考えを基に、神と人が共に食事をする儀式のために作られたのがルーツで、神聖な道具は繰り返して使わずに、新調するという感覚があって、真新しく、清々しいものを尊ぶという日本人の精神性となっている。

この伝統は、神の依り代を新しくするために調度品など全て新しく整える伊勢神宮の式年遷宮に顕著で、樹を伐らせてもらい、有効に生かし切る事を工夫した人の仕事によって樹木は世代交代をし、森林がリフレッシュされて、山々が美しい日本の独特な美しい風景を形づくり、僕達の手仕事に需要が生まれて生かされ、伝統として守られ、伝承されてきたのだと思っている。

それにしても平民に使い切りは勿体ないと、漆が塗られ、箸が反復使用することが考えられたのは鎌倉時代で、僕達も作品の端材がでるととっておき、時折り、摺り漆仕上げの箸を制作する。
現代の箸はほとんどが機械生産だが、手作りで、きちんとした箸を削り出すには台鉋を使いこなす修練が必要で、長く飽きずに使われる品格の高い美しい作品に仕上げるには、理にかなった胴張りの曲線の削りだしと正確な面取り、摺りうるしと刷毛塗りうるしの技法のマスターに加え、美しいものを理解するセンスを身につけなければならない。

桑の箸は健康長寿脳卒中に防止になると古来からいわれ、一位の箸とともに正月の縁起物とされていて、こういった箸の文化は日本の正月の行事と共にありふれているようでいて世界に類のない木の国の特徴といえるだろう。

今年最後の仕事を仕上げるこのころ、慌ただしさと楽しみが同居して、おせちを作ったり、鏡餅を飾ったり、正月用の箸を拵えるのは楽しい。
今年あったもろもろを水に流して(借金は流せない・汗)墓参りをして新年を迎えるすがすがしさは、例年のこととはいえたった数十回、心して味わいたい。


061210ご来場ありがとうございました

東京帝国ホテル銀座天賞堂・クリスマスフェア


2006年12月2日東京帝国ホテル・アーティストコーナーにて



日本人の鷹揚さ、あるいは無宗教感に対しては諸説紛々ですが、ネットでものが買える時代、縁ある人々が集い、楽しく会話を交わしながらショッピングを楽しむ時間、例えお祭り騒ぎだったとしても、普段と違った一日といった感覚、晴れの日、けの日・・というのはなかなかいいものんだな・・と田舎暮らし僕達にとって嬉しい展示会となりました。

クリスマスに向けて、天賞堂の顧客感謝セールの催し「アーティストコーナー」は、太子像を彫ってくれた高山の小坂礼之さん、タラセア制作の星野尚さんと小生三人の展示です。

銀座での展覧会は、準備にもそつのないようにと力が入りました。
前夜東京入り、徹夜で中央道を走った息子と合流して早朝七時会場へ作品搬入、陳列、天賞堂社長挨拶、注意事項、作業打ち合わせなどの朝礼につづき十時に販売開始、6時、楽しいラテンミュージックのディナーショー(僕はラテン大好きなのです)、商談会を経て、夜半10時半、お客様がお帰りになるまで、僕達にとってなんとも不得意な店頭での一日でしたが、心地よい疲れ、充実した気持ちに包まれたのは、天賞堂の皆様のプロとしてのお仕事ぶりに接した感動、遠くから駆けつけてくれたお客様・友人に励まされた嬉しさのお影です。

僕達もおしゃれを楽しみ、思い出に残る特別な日になって、もの作りとして大きな張り合いとなった貴重な一日でした。

「祈りのかたち」に、このような形で発表する機会をいただくことができたことは、作品スケッチを長すぎるほど暖め続けた小生にとっても心に残る思い出です。
小さな祈りのかたちは、自然への敬意と感謝、宗教や国にとらわれることのない人間や家族のルーツ、なによりも、未来をテーマに、僕たちの生活空間での「いのりのしつらい」をかたちにしたものでした。





専門店とスーパーマーケットとの違いはなんだろうか?
個性的なサービスなどなど、顧客満足度の度合いなんでしょうが、僕は商品に対する専門知識の高さだと思っています。

お客様の聞きたいことはなんだろうか?

木の名前、作り方、製作にあたって苦労をするところ、作家の主義や思想、デザインのねらい、大切にしていること、使う上での注意、メンテナンスの方法、調子の悪くなったときどうしたらいいのか?などなど、今のギャラリーや販売店のサービスはお客様の疑問に応えているだろうか?

僕達は作ることは出来ても言葉で説明するが苦手だからこそ代弁してくれる人がありがたいのです。

無駄な経費を省いて少しでも安く買って頂きたい、商品にはきれいな衣装を着せて上げたい。分け隔てなくこの日の記念品をお配りしたい、などなど僕の疑問を覆すような、ほっとするような銀座一流のサービスを学んだような気がしました。理論ではないセンスとはこういったものなのでしょう。

いいものを作れても、なにかと力の足りない僕達を助けてくださったSさん、Yさん、作品をほめてくださったMさん、Hさんはじめそのほかのたくさんのかたがた(今回は売れ残りが少なかったのです)心から有り難うございました。

今年の展覧会はこれにて無事終了することが出来ました。
三城は寒い冬を迎えますが、めげずに来年の発表会をめざして頑張ります。



★★★★★ Merry Christmas.  ★★★★★

 ありがとうございました



061225_市民タイムス掲載記事

 

「創・の現場を訪ねて」、という記事に小生もとりあげていただくことになり、白澤幸恵さんが取材に見えました。
市民タイムスは松本市を中心にした地方新聞で発行部数は7万部ほど。インターネットはじめ AM・FMなど、僕のようにTVがなくても大きな事件などのニュースは情報が充分な現代は、むしろマスメディアに載らない地元密着型のコミュニティーや文化活動、創作活動などの記事が楽しく、紙面が興味深く一市民として貴重な存在です。

信州は木工作家の数は日本一ではないかと、木の匠たち・をまとめてくださった西川氏のお話ですが、ほかにも様々な分野の方が数多く創作活動をしています。地域的にも木曽から安曇野まで広範囲にわたり、そういった作家の方々の生き方と作品を、シリーズで取り上げてくださっています。江戸指物、伝統工芸ってなんですか?という若い方らしい素直な疑問に、「かたちを継承する」ことだけにとらわれていて、この仕事は過去の存在になりかけている・・と思う小生、数時間の取材中質問にお答えしながら、伝統とはなにかを自身で振り返るいい機会となりました。クリスマスに発行していただきうれしいです。

THANX!!!


「創る・の現場を訪ねて」


「伝統的な感性 形に」(白澤幸恵)

大量生産、大量消費が美化された高度経済成長期、日本のものづくりは変わった。職人技を伝承する人は減り、家を建てる材木は建材になり、学校で使う机も木製からスチール製の「命のない工業製品」に切り替わっていった。

オフィス家具メーカーに身を置きながら「消費社会は人間を良くしないのではないか」と思わずにはいられなかった。

毎日勤めから帰ると、細々ながら確かな技で江戸指物(さしもの)を作る父親の姿があった。「自分が継がなければこの仕事はなくなってしまうとも思った」。二十五歳で会社を辞め師事した。

指物は、ほぞで板や棒を組み合わせる伝統的な木製品だ。特に江戸指物はきゃしゃで粋で「極限の薄さを追求しながらも削るごとに大きく強くみせるもの」だという。父を見習って技を身に付けた。

三十歳の若さで日本工芸会木竹部正会員となった。「伝統的な感性を結果的に形に表す」ことに専心し、江戸指物師の三代目として精巧な技を土台に、鉄や銀、鋼、革なども取り入れたモダンでシンプルな独自の工芸品を生み出している。

自宅兼工房は、美ヶ原高原中腹の山あいにある。市街地から一時間近く車を走らせカラマツ林を抜けた所に広がる集落「三城」が気に入り、自ら設計して弟子たちと建てた。「自然と遊離しない、自然と一体感のある生活の中で使うものを作らなければいけない」。作品作りは人生をデザインすることと同じと考え、発想の場から手掛けたのだ。昭和五十九(一九八四)年に工房を移し、現在は四人の研修生と創作している。

作品が人の心に訴える心理的機能を大事にする。その機能があるものは使い続けられ、美を増し、やがて伝統になると考えるからだ。その上で「未来の生活様式を創造して」、神社の鳥居の曲線など日本人の美意識に訴える曲線を表出させ、使いやすく丈夫なデザインを練る。日本の日常生活にいすやテーブルが入り込んだのは、たかだか半世紀前。日本の民族性や暮らし方と融合させ「日本のものにしていく途中がいま」だと思っている。

若い作り手に、伝統的な木工技術という文化を伝承したいと願い昨年、特定非営利活動法人(NPO法人 「三城シューレ」を立ち上げた。

「暮らしの中で日本人の伝統、つまり習慣や美意識といった精神性も学んでほしい。それが形になるから」と寝食をともにする。自身の意匠はNPOに寄託し、研修生たちはそれを見習って稽古(けいこ)″に励む。

「火を見ていると勇気がわくね」。薪(まき)ストーブを前に、二十年以上も前に作った原点ともいえる「僕の椅子(いす)」に座り思索する。「木には命がある。立っている木にはない機能と美しさを出せるものを作らなければ」と、自然に囲まれた暮らしの場で、万物に宿る命を思いながらの創造が続く。

     



日本人の精神性 1

取材にみえた時、作っている正月用の箸を一例にして、日本人の伝統、つまり民族の個性や習慣、美意識といったものごとは、伝わるかたちをいうのではなくて、精神性をいうんだよ、と白澤さんと始めた会話を振り返りながら、日本人である自分がデザインし、創る「かたち」とはどういったものなのかを、作品を顧みながら反芻してみることにする。



杉_Japan cedar
木口に漆のへら置き鍛鉄脚の座卓1998年



伝統的な形と摺りうるし仕上げの座卓2002年



聖徳太子二歳像

「かすみたつ春のひと日をのぼりきて杉植えにけり那智高原に」
今上天皇陛下昭和52年植樹祭にて

花粉症は排気ガスとの複合汚染が原因らしく、CO2汚染のなかった昔は薬もマスクは必要なかったから、それは樹のせいばかりではないと弁護したいが、もののいえない樹ばかり「やり玉」になり、不当にも嫌われることになった日本の樹「杉」は漆をJapanと呼ぶが如くに Japan cedar と呼ばれるがなんとも形勢が悪い。県木・県花があって、未だに国樹がないのは不思議で、制定するとすればこの樹以外に考えつかないが、屋久杉は有名になり、本州に当たり前すぎるこの樹を軽視する傾向は、かっての、とき鳥やメダカと同じく、将来少なくなってから慌てて騒ぐ人間というものだろうか?
西洋で床に堅い木を使うのは室内を靴で歩く文化で、日本の西欧化というのか、日本でも妙に冷たく堅い木がはやり、我が国独特のスリッパというものが考案されたりしている。
この木で家具を作っても売れないから制作の機会は少ないが、僕の大好きな木のひとつ。全国どこにでも普通に自生しているが、美しい杢の出る板はなくなり、買おうとすると数十万、数百万円を超える貴重材となった。
昔は材木屋があって作り手が仕入れる必要もなかったが、現代は自分で手に入れなければならず、僕の買える範囲をとうの昔に超える値段となってしまったが、それは植林したり下草狩りをする人間が、陛下か、給料の出ない厳しい山仕事に携わってくださる我々のような木印(きじるし)以外になく、大量生産と大量消費で貴重な資源を費やすことになってしまったからといえるか。
神社仏閣日本の民家の木舞(こまい)壁はすべてが檜やこの樹といえて、そういういい家を見るといかにも日本だなあと感じるが、森林破壊は僕達の材料にとどまらず酸素まで減少して家具屋でなくても事は重大である。

この樹は世界で一族一種、我が国にしか存在せず、山でそびえていかにも素直な日本の風情を発散していて、直(すぐ)からこの名が付いた。(米スギというのは誤解される名で、こちらは檜の種類)軽やかで、板に挽くと肌触りは雪肌やもち肌のようにいかにも繊細、家具に仕上げたものは傷がつきやすく、使う側の扱い方にも心構えといったものが必要で修練しないとこの材料は生かせない。他の針葉樹と違い、柔らかいが春目と秋目の硬度差が大きく、甘くかかると木口を鉋で仕上げるのが難しく相当な修練が必要だった憶えがある。この柔らかさは子どもが頭を思い切りぶつけても大事には至ることもなくて、相手をいたわる武士道とか献上の美徳のような日本の心といったら考えすぎだろうか?

一般に松、檜、唐松といった針葉樹は長年使って傷つきながら美しさを増すのが魅力で、合板や新建材、プラスチックで固めたような似せものの木が横行している現代は、この木のよさは理解しづらい玄人好みともいえる。
その昔東京の料亭の座敷に似合う座卓は、杉の一枚板を摺り漆で仕上げたものにかなうものはなく、寿司屋、蕎麦屋、天ぷら屋の台は未だに檜と決まっていて、欅などの広葉樹には置き換えられないのはなぜだろうか。

西洋の香りは動物質から採り肉体に作用し、東洋の香りは樹木から採り精神に作用するといわれている。
削って漂ってくる滋味のある香りは気持ちを落ち着かせ、杉の葉は昔から線香の素材として使われていて、日本的な清々しい香りはいかにも伝統で和啓静寂・茶室の趣が漂う。
現在の酒造はステンレス等の容れ物で作られるが、昔は日本酒を造る樽に使われて杉の香りを尊び、そのために植林が始まったとの記述がある。


061125_Hand Tools_手工具

THANX!!! 帝国ホテルでの展示会へ向けて、制作が山を越える。
家具作家として認めていただいていて光栄ですが、小生のライフワークは祖父、父の代から作り続けている厨子仏壇です。
工房に伝わる伝統的な作品とともに創作してきた「祈りのかたち」が、縁あって銀座天賞堂社長N氏の目にとまり、今回の展覧機会をいただくことができました。
自然への敬意と感謝、宗教や国にとらわれない人や家族のルーツや未来をテーマに、これからの生活空間での「いのりのしつらい」をかたちにしたものです。
指物と呼ばれるこういった仕事は、電動工具や、CAD等の助けを借りながらも、最後は手工具がないとお話しになりません。もの覚えやもの忘れが気になる歳になっても、若い頃体で覚えた感覚は、まるで手が頭脳をもったかのように自然に動いて不思議。この一ヶ月、修業をした若い頃を反芻しながら、古くて新しい新鮮な手作りを楽しむ機会を頂いています。
機械の騒音が消え、静寂の中、S.フランソワのラヴェルとともに、削る音と刻む音の中で時間が無心に過ぎてゆきます。
〜絹ずれの音が聞こえて・・など、日本の格調高い静けさというものの表現がありますが、昔から僕達が「ただ」だと勘違いして消費してきたきれいな水、空気、静寂といったお金で得られないものが現代は利得や価値観を超え、あらゆる人類の共有財産となったような思いがします。薪や炭のはぜる音、松籟(しょうらい)、爽やかな風の音など自然が発する音に比べ、モーターやエンジン等の人工音は余り心地のよいものではなく、そういった騒音が満ちた猥雑な環境からは高貴なものは生まれてこないのではないでしょうか。

父が残した大切な胴付き鋸、何十年も使い続けた自分の鉋は、切れ味も美しさも磨かれてきて、木工仲間S女史から譲りうけたボールペンを仕込んだ豆毛引は、滑るように滑らかな線を描きます。(いいものを譲っていただき感謝です) 機械がものを作る時代、手間はかかっても、今まで培ってきた技術と惜しみない時間、自分らしい充実感を味わいます。

手工具さまざま
胴付鋸
1.5ミリほどのほぞを作るのに欠かせない胴付き鋸は宝物 No.1。
父の代から長い間手入れをしながら使い込み、鉄が深い味わい深い黒褐色のひかりを放っています。
使い捨ての鋸はよく切れても、腰が弱くて使い心地が悪いものですが、すでに東京には刃をうまく作り直してくれる目立て職人がいないようで、いつまで使うことが出来るのでしょうか・・・この機会にと桐の木で保護カバーを作りました。

際鉋(きわがんな)
内隅(うちずみ)をきりっと仕上げるのに欠かせない際鉋は、大小五対(左右一組)ほどあり、刃の仕込み角を53度で作ると一枚刃で逆目を押さえることが出来ます。これは最も小さく長さ7cm。組みあげる前に漆を塗る仕事は、調整するときに金と同じ堅さの漆を削ることになって、刃がこぼれやすく、僕の鉋の刃はHSS鋼と決めています。際鉋は片側に押さえのない台に刃がはまる構造、作ってから数年は赤樫の木が不安定で、使うたびに調整を繰り返します。最近はどうやら馴染んでご機嫌がよろしい。
しかしこういう細工を機械仕事にすると、ルータかトリマーで、大ごとになり、回転する刃物の痕を消すのに手間がかかり、うるさくて屑やほこりがたちこめ、ストレスが大きくて仕事が面白くない。なぜか最近の電動工具はすぐ壊れて直すことも出来ず、金もかかり捨てると有害な廃棄物となります。手仕事・・熟練した自分の手がスッと動いて一瞬で仕上がるのは気持ちのよい代え難い感動です。

毛引き
線には太さがないもので、刃物でスミツケをしますが、この道具を豆毛引きと呼び、やはり自分で作るものです。(鉋でもなんでも小さいものは名前の前にに豆を付けます)極度に細い線のことを「毛」と呼ぶ習慣で、髪の毛一本分と言い表すとされますが、現実はもっと細く、髪の毛を十分の一ぐらいに裂いた太さといえばよろしいでしょうか。

鉋で作る最も小さな面の大きさを表現するとき、「糸面」と呼び、これは糸のように美しくカールした鉋屑がでてくることからの言い表しだと思います。計ってみると糸面の巾は0.2ミリのときもあり、0.5ミリの場合もあり、0.何ミリと表さずに「糸」と統一するのは、全体のバランスの読みを作り手の感性にゆだねるからで、美学といえます。美しい面とりは工芸品にとって重要で、数値指定からは決して生まれないものです。


鑢(やすり)・つかみ・タップ
指物には錺(かざり)金物がつきもので、工房にも昔から金工道具があります。
職人は店に売っていない道工具を工夫して作ることによって、自分ならではの仕事をするのを楽しみとしていますが、
「つかみ」というのは自製の工具に自分で付けた呼び名であやしいもので、細かい部品などを掴んで細工するのに手放せません。
ねじ、ビス、ボルト(この呼び方には定説がないようですがどなたかお教え下さい)に関するハンドツールは、日本には最近までろくなものがなくて、いいものは西洋に多いのは機械文明先進国だったからでしょうか。若い頃東急ハンズで手に入れた愛用のタップ立ては、「Starrett.No.94-A」と刻印され、気配りが美しい姿に表れていて、このような工具は持っているだけでも楽しいものですが、お金で手に入る道具というのは、なんとなく張り合いがないものです。

鑿・小刀・刻印用三角刀
小刀類は木工の基本、素朴な刃物で種々様々な形があります。ほとんどは木工職人の要望によって鍛冶職人が作ったものが原型となっているようです。このころから「J」を刻印にしましたが、この両刃は92年に作りました。片刃を仕立て直して一位の木に仕込んだ愛用品です。

刻印の構成要素の矢型を彫るために作った三角刀と鑿です。このような刃物は昔から鑢をナマして作り焼きを入れます。シャープな切れ味を出すために柄を金属で作り、滑り止めに凧糸を巻いたり工夫しました。
漆塗り仕上げの作品に彫りますので三角刀の材質はやはりHSSです。
いまのところ気に入っている J を彫るのに恐らく一生使うことになるでしょう。

  
1928年に父が作った小さい外丸鉋は僕より20も歳上でもちろん現役です。一般には手仕事より機械仕事の方が早いと考えられていますが、こういった仕事は逆で、時間とエネルギ消費は断然機械のはうが大きく作業にも危険が伴いうるさいもので、仕事をする環境も、僕達の思想や魂を育む大切な要素です。


大陸から伝わり、いらない物を捨て去りながらエッセンシャルな構造が伝統となった日本の台鉋ですが、室町時代 (もっと古くからあったのではと、首里城や正倉院をみて感じます) から変わらない形は驚きで、現代の道具にはこれほど長く使えるものがどれほどあるでしょうか?刃がすり減った暁には供養をしたいと思っていますが、まだまだ使えます。

「永」と銘が彫ってある父の鑿。
地金が研ぎやすく甘切れでしっとりとした切れ味。これも大変美しく宝物ベスト3に入ります。
 



今日も仕事を目指す若者が工房を訪ねて来ました。
いまどきのはやりじゃないからやめたほうがいい・・お金に苦労をするよ・・夢を見て輝く瞳に接して僕が出かかった言葉を飲み込むのは、経済の発展とその国の文化度は比例しないことをバブルの時代に肌で感じたからですが、何より自分の好きな道、生きていくのに不利でも、自分の人生を自分の心に正直に歩もうとする姿が美しく、その国の文化というものはこういう若者の肩にかかっていると思うからです。



ご案内

このたび銀座天賞堂クリスマスフェア(12月2日・於 帝国ホテル3F富士の間)「アーティストコーナー」に、「小さな祈りのかたち」(厨子三点、像二点)を出展させていただくことになりました。

果てしない宇宙のなかで、人間がもつ崇高な行為 いのり・・
家族の平安、自然や祖先への感謝、未来への希望・・日本人が培ってきたさまざまな感謝と祈りのかたちは小生のライフワークです。
宗派と国境を超えることを理想とした「いのりのかたち」は、父祖が得意とした厨子、仏壇の技術を引き継ぎ学びながら、これからの生活空間での、祈りのあるべき姿への模索から生まれました。お忙しい時期と存じますが、ご高覧頂きたく、謹んでご案内させて頂きます。
末筆ながら、寒さ厳しくなる折り、ご健康とご活躍をお祈りします。

ご招待形式ですが、ご興味のある方は、会場をご案内させていただきます。
ご遠慮なく小生携帯 090-7273-2073へ連絡下さい。

前田純一  



島桑と緑青の円錐の厨子

小生の紹介

東京宝町に創業し江戸指物の巨匠と呼ばれた前田南斎の三代目である前田純一氏は、現在信州松本に工房を構え制作を行っています。前田氏の作品は江戸指物の精巧な技を基礎に据えながら、伝統的な指物の工芸品から受けるイメージとは異質な、モダンでシンプルな感覚が特長です。今回出展される厨子は、前田氏が作り続けている代表的な作品で、国・教を越えた「祈り」がテーマです。ゆたかな時が流れ、ゆたかな空間がともにある。作品はそんな日々のくらしを私たちに示してくれます。


061201
初めての個展_小椋正幸さん

 「小椋正幸 木工芸・器 展」

東京六本木 兒嶋画廊
12月1日(金)〜14日(木) a/m/11:00-p.m.7:00 ※10日(日)休廊
12月1日(金)p.m.6:00〜8:00 オープニングパーティーをおこないます

ごあいさつ
この度、束京六本木の兒嶋画廊にて、初めての個展をおこなうことになりました。兒嶋画廊の兒嶋俊郎さんとの出会いは5年ほど前、軽井沢の蕎麦打ちで隣になったのがご縁の始まりです。日本の工芸の現状や工芸のあるべき姿など共通の念いがあり、今回「個展を」と、お声をかけて頂き実現しました。一日の仕事を終へ、一杯飲みながら生まれた器、料理をしながら生まれた器、生活の中から生まれた器たちです。自分の祖先は、自然に感謝し、理にかなった仕事は手の跡となり・形となり、用に即したモノを産みだしてきました。人が気持良く生きていくために『用の美』を求めた先人の思いに、少しでも近づこうと制作してまいりました。自然が作り出した「木目の美しさ」「漆の艶」「使い込むことによって変わる表情」を楽しんで頂ける器ばかりです。ぜひお出掛けいただき、お手に取ってご覧いただきますようご案内申し上げます。
小椋正幸


初めての個展開催おめでとう!!!
小椋正幸さんとの出会いは20年以上前、父君小椋栄一さんと僕が、日本工芸会木竹部の仲間だったことがきっかけです。小生は三代目、正幸さんも長い家系を背負う厳しさが共通の悩み、僕は江戸の洗練、彼は地方の野趣を身につけて、お互いに持ち合わせない魅力を感じ合っていたような憶えがあります。
飾り気がなく、純朴朴訥正直でいて、気配りのできるナイーブな彼の人柄が好きで、以来家族ぐるみのお付き合いをさせていただいています。

彼より20年ほど早く、機械文明の幕開けに伴う失意を味わった小生は、悩みながら手仕事の魅力を追求していて「機械では成しえない仕事」をするんだよ・・とお目にかかるたびに自分の思いを語らせてもらいました。

豪快でいて繊細であること、野趣があって気品を伴うこと、素朴であっても土くさくないこと、簡素で飾り気がなくて、きりりとしていること、風雅でいて精緻であること、長閑でいて気が利いていること、田舎のかほりがして垢抜けることなどなど・・・

機械と手工具を見事に使い分け、長い修業を積みながら作ることに多少は自信があったとしても、人間を磨いて「美しいかたち」の無理難題を表現するんだよは、僕自身のことでもありましたが、蕎麦うちと日本酒の好きな南木曽での生活スタイルが、木地も塗りも一人で仕上げる彼の心の内に、工芸という仕事の本質をよくとらえた手の痕跡となって、みごとに昇華しはじめたような感動と感慨を覚えます。
その姿が君自身なのだよと嬉しいですが、しかしあのときの出会いがなければ、僕の作品には野趣が伴わず不健康で、君は単なる野暮であったかもしれませんね(笑)

言葉のようには、簡単にいかない「かたち」の表現は、僕も同じでまだまだ先の長い道程ではありますが、これまでの仕事の成果の発表を区切りに、同じように家系を背負いながらご苦労をされてきている父君と暖かいご家族に囲まれ、ご縁に感謝しつつますます腕とセンスを磨かれて、貴君の個性が宿る作品がとどまることなく生まれることを期待しています。
末筆になりましたが、六本木での素晴らしい展覧会のご盛況を心からお祈りします。

前田純一
南木曽の工房で・小椋正幸さん


〜今回の展示作品から〜
片口 素材:栗 w25.3 h9.6cm ¥20.000
酒器 素材:桐 w6.7 h3.5cm¥12.000
欅腕 素材:欅 w12.2cm h8.5cm¥24.000
漆のUTUWA 素材:栓 w21.5 h6.2cm¥15.000 旅茶碗 素材:桐 w9.9 h6.3cm¥24.000

兒嶋画廊ホームページ
http://kgs-tokyo.jp/kojima.htm




061017_一段落_展示会に向けて


一息入れ庭へ降りると、一面に落ちている栗の実や、きのこが、冬の訪れが近いことを教えていた。
忙中知らぬ間に鍋物の季節になっていて、伊東君の味付けは薄口醤油が利いて暖かく、楽しい夕餉時、横には若者達思い思いのプランシュが完成して出番を待っている。

制作もここまでくると、仕事の苦労話が楽しく、運動会や誕生会の思い出話に花が咲いた。


名曲レイラのベースラインは、シンプルなフレーズが長調と短調を淡々と繰り返して、アドリブが乗っている。どんな仕事にも単純で健康的な、しっかりとした基礎が、置き換える事の出来ない伝統ってやつだよ。などと昔取った杵柄を、ほろ酔いで松橋君に伝える。大学中退など、悩みを背負ってやってきた彼は、ベースが好きで入房以来クルマの事故が続いてなんともついていない。三城で自然から学び、大都会東京を経験して、やがて自分の生き方がみえてくれば、逞しくなってくれるだろう。

頑強な体に隠れているような真面目さと優しさの伊東君に、ハンズ会場の舞台作りを頼んだ。
息子の会場計画も、紆余曲折を経てまとまってきたようである。
初めての試み、金を入れる作業を心配していたが、思いの外順調に事が進み、この作品はこれから作ることはないか〜と刻印にも思いがこもる。


内山節さんに、今までの礼状とDMを送ることにしてみよう。
搬入まで残り二日、大勢の方にみていただけるいい会にしたい。


061014_祈りの椅子・座板の一日


江戸指物は直線と直角、椅子は人体に合わせる自然の曲線で、形は対局となる
鉋は英語でPlaneと訳され、平滑で平らにする、あるいはまっすぐにするの意のごとく、曲線と、「なまがね」ばかりの椅子を作るに、今までの鉋はまるで役に立たないから、反り鉋ばかり作っていて、家内にいつ作品を作りはじめるのかと、心配をかけたのが、つい先日のことのように思える。


若い頃の作品を、反芻しながらいつまでも歌い続けるクラプトンが好きで、今日の削りのBGMに決める。
数時間削っていて、20年前削った形と、樹の匂いまでが、鮮明に甦えってくる。

名誉や、賞をとったりする欲はとっくに失せている。
贅肉がある、貧相になった、媚びがあると、やさしく厳しい批評をしてくれたた父もすでにいない。
競争をしているとしたら、相手は当時の自分、善し悪しの判断を下すのも他にいない。


美しいは、こわいに通じる気がする
瞬く間に時が過ぎて、若い頃と同じように悩みながら一日座板を削る。
僕の道筋を、すり減った愛しい道具だけが語っている。
鉋は工具の中でも一番難しく、そして面白いのは、木と金属が絶妙なバランスを保っているからである。
ハンズでのトークは、鉋の話にしようか。


061010_祈りの椅子_「手の復権展」

僕達は天使にも悪魔にもなる存在ゆえ、環境には怖いものがあったほうがいい。
ご先祖様だったり、火の神さまだったり、手長、足長のお化け、仁王様、仏像、キリスト、マリア様だったり、おっかない隣のじいさんや、ほんとはやさしいガキ大将や、師であったり・・

街角にもどこにも、昔はこわいものの存在があって「そんなことをするとお化けに食べられてしまうぞ」などと、子どもの頃、僕も恐ろしい夢をみて、夜中便所に行けなかった憶えがある。
ばちがあたる、親不孝子孝行(もちろん逆の場合もある)といった戒めは、弱い人間にとって不可欠だが、その意識の希薄な現代が、分別を失った大人と、わきまえを知らない子どもを大量生産している。

家庭というところは、家族にとってかえがたい安息の場所で、セコムが入り、現代機器が充実し、バリアフリーとなって、誰にも暖かく、怪我のしようもない居心地のよいところになるはずだった。

しかし虐待や暴力や、殺人さえも家の中の、珍しくもない出来事になってしまったのは、怖い存在が家の中になくなってしまったことも原因かと思うことがあり、これが理論や法律では解決できないものごと、椅子の形を借りた、祈りのモチーフをスケッチする僕の動機となっている

東急ハンズ、手の復権展の会場は、新規オープンの6階エスカレーターを降りた正面、お客様の目には、「樹」が天から降りてきて、姿を変えたオブジェ、森林を思わせるような、人為の及ばない存在のような、椅子のように見えて、深い意味を考えたくなるような存在が、今回の展示での僕のメッセージ vol.1となった。

現代の工場の仕事は、オリジナルデザインのひな形を、機械で正確にコピーする大量生産となり、人間性を疎外して、利潤を目的とする新規購入と消費を繰り返すが、それは、もの=地球資源ばかりでなく人の使い捨てと、有害廃棄物による環境汚染と引き替えに成り立っている。
 コンピュータなどの現代技術を駆使して世に出るものもの、木の仕事の場合は、素材にしみこんだ殺虫剤や防腐薬品や、石油から作られた塗料の揮発するガスが、いまや、人々の健康まで奪うまでになってしまった。
 そういう状況の中で、用が済むと捨てられていく樹木が不憫で、しかも作り手の顔や魂がみえない加工物を、樹に礼を欠くような気がし、僕は木工品と呼ばないことしている。
それは樹木が、他の命を犠牲にすることなく自分の生育に必要な栄養を創り出したり、二酸化炭素を酸素に換えて無償で人間に提供してくれるといった、とてもまねの出来ない手品やをするからでもあるが、なにより自然の造形美に僕は叶わぬと感じるからである。

樹にとどまらずに、すべての生き物は同じ顔がないはずが、現代社会は、街並みまで個性がなくなり、だれもが同じ表情に見える。

プランシュ 〜さまざまな個性〜
工房には僕と5人の若者が、デザインの同じ物を作ることを自己の勉強課題としている。しかし樹のもののデザイン制作とは、人の前に、すでに神が成し終えている仕事のうえに成り立つもので、個性を生かした教育とは、このことではなかっただろうか?
自然を人間の都合で作り替える事が出来るなどと思えば、傲慢で、そのうちバチがあたるかもしれない。

樹のデザインを生かす努力の結果、作品は表情の異なるそれぞれになって生まれ出てくるが、それは各々が個性溢れる人間として成長したことの表れである。センスのよさというものがあるとすれば、どれほど美を理解できているか、ということになろうか?

当時、僕の出した提案はスケッチは紙にするのではなく、製材から上がった板にしてみよう、であった。
自然の木目を生かしてスケッチしなければいけない、という難題は、アルミ板も同じで、叩いた人の、個性溢れる作品となる可能性を秘めていた。
樹の個性を尊重しながら、デザイン制作し、工房の若者の定番となった様々な台は、使われる方のインスピレーションによって、同じように様々な使われ方をして頂いていて、「プランシュ・一枚の板」という名前を息子は考え出している。

鍛造アルミのコースター
〜作り手それぞれの表情をもった〜
しかし、手仕事は、誰にでも出来る物でなくて、儲からない。
中途で仕事を終えた夕暮れ前、日一日と紅葉が進み、刻々と初日が近づき、こんなもんだな・・と思うが、なんといってもテーマは手の復権なのである・・泣

お預かりした昔の作品は、明日は、お化粧直しをして上げることができるだろうか?

はやる気持ち・・・
美しい夕暮れ、安堵の一瞬は、かえがたい自然からの贈り物である

手の復権とはイコール、自然と人間性の復活である・・これは文明とふところだけが豊かになり、ハートを失いつつある我々へ向けた、問いかけ、メッセージ vol.2 となった




060929 _まつたけ




松本の景観を考えよう・・

街を美しくしようと、平成17年から始まった景観賞の審査に、今年も参加させていただいている
応募し、エントリーされる方々の思惑はさまざまで、公の立場での審査は、公平が旨、
とかく商業に利用されがち、といった、審査の難しさを、役所の方と共に皆が共有する。

孤独な創作に向かう日々に、この年間行事は、僕にとって忙中の気分転換となり、
縁ある人達との、うれしい貴重な触れあいの時となっている


60歳代だろうか? U女史も年に一回、この審査に参加する
個性的な委員の集まり、中でも彼女はキャリアウーマンとして異彩を放っているが
一次審査の終わった夕べ、ご自宅にお誘いいただき、地元旬の松茸の手料理をご馳走になる。
手早い包丁さばき、帰りには、松茸ご飯おにぎりのおみやげを持たせてくれた。

日本人のこころ「きもの」の美しさを世界の国々に紹介、
お茶、お香、お習字、俳句・・まだ出てきそうな気配・・

彼女が身につける、たしなみというもの
これは、単に懐かしさと、片づけてしまっていいものなのだろうか?
機敏な江戸っ子のようなふるまいは、お節介な身勝手のようでもあるが、
しかし現代人が失った、周囲へのやさしい気配りや、思いやりに溢れていた

美しい女性になりましょう、とお弟子さんに説いていると、彼女は笑うが、
教育というのは、生き方のお手本を示すことではないだろうか?
「美しい」と、言葉は難くないが、街並みを美しくするもの、
それは建造物ではなしに、住まい、集う人々の、心のありかたではないかと僕は思っている

秋の信州、自然の恵みあればこその、素敵な美しい生き方に、ふれあう機会をいただく



信州・秋の味覚 地蜂の採取
庭に見えた地元の元気お年寄り、夢中になるキノコ取りと共に、初秋の豊かな愉しみ・・・笑


060924 _秋・展覧会_新宿東急ハンズ



東急ハンズは1976年に藤沢でパイロット店を開いたのがはじまり
鎌倉に住んでいて、木工教室のお手伝いをさせていただいたのは、かれこれ30年も前になる

当時からの仲間は、お店と共に立派に成長されて、過日催し物の依頼があった
「手の復権」というのは、様々な機械文明に身を置く人間に対しての呼びかけ
「HANDS」・・人だけが持つ創造の喜びが希薄になった時代の先取りはさすがだと思った

今回計画中の新宿店での催しは、展覧会というより、我々手でものを作って生業とする者と、
社会との「創造する喜びの時間の共有」・・とでも呼んだらいいかもしれない



「INORI2006秋」

椅子に形を借りた祈りのモチーフ



「プランシェ」

神・SIZEN のデザインを尊重した
人の作るさまざまな・かたち



今回の展示にあたって、シューレを応援してくれる仲間、S氏、T氏から作品をお借りすることにしたのは、時を経て生き続ける作品への憧憬

僕がいなくなっても彼らは、永遠に仕事を続ける・・・

キャリーデスクと折りたたみの椅子・1989年
             
庭の木陰でスケッチを・・

一回目の銀座和光展に制作、その後Y氏が開いてくれた神戸大丸ジニアスギャラリーでの展示、藤沢宅でのお披露目を経て、T氏奥様の目にとまり、20年近くの時を経て、今は横浜で余生を過ごさせていただいている



 

ミュージックキャビネット
一体型のスピーカーボックスと45度の反射板からの音のシャワー

同じ頃、これは工芸品なのか、といった批判を聞きながら、たどり着いた、当時伝統工藝に夢中だった自分の、以後の制作の指針となったので、僕の恩人のような愛着がある。
苦く、楽しい思いでとともに、日焼けした図面が手元に残り、古くなったオーディオの部品を載せ替え、今も数台がそれぞれの居場所で、絶え間ない音楽を奏でてくれている


僕に作る機会を与えて下さった様々な友人達、そして今まで生きて来られたことへの感謝

息子はどんなステージを創るのだろうか?
未来へいつまでも続いて流れる音楽のような、いつまでも生き続ける・いのち・を作り出すことの喜び・・
手伝う弟子達にとって、僕の過ごした時が、彼らの生き方のひとつの指針となることを願おう


THANXX!!!


060918 _あたりまえのはなし_小蕪亭にて


漆のことなど電話で話すうち、Kさんの展覧会を見に行かないか?と
唐突な思いつきに、朋友O君は快く同意してくれた

待ち合わせは駒ヶ根IC。塩尻から高速を走ると、景色はそろそろ秋色
豊かな農作業は、心弾む出荷シーズンを迎え、人々の心が華やかに躍っている

女性一人でこの仕事は、今では珍しいことではない
儲からない木工が、好きでたまらない彼女の、笑顔が爽やか

妥協を解せない空論とわかっていて、それぞれが正しい理想を心に・・
好きなように生きていて、お金に恵まれるわけがあるはずはない
昔からこれも、僕達皆頑固のあたりまえとなっている


山の中のギャラリー「小蕪亭」は関西から移住した女性が経営
コンサートが開かれる店内でいただく手落としのコーヒーは、
彼女の息子さんの作ったテーブルセットに心を込めて並び、香しい

思いのこもった騙しのない仕事
正しいプロの合理は、生きるのに不利であっても、
嘘はやがて自分に戻るだろう・
あたりまえのことを、いつまでもあたりまえにやって、
時間をかけて、木工の大切な伝統を踏襲している

贅沢なものを食べるためにやっているのではないよね、も
とりわけ特別なことではなくて、少しは名の知れた僕もおなじ・・
借金は増えるが、短い夏が終わり、今年もよくやったね・・
などと、仲間と顔を合わせて安堵するのも、
初秋、自分を見つめ直す大切な時間である

防腐剤漬け木材や、防虫剤漬け木材が、気持ち悪いな・・
有害化学塗料も、使えないよね

安全な素材技法は、僕達の、自分かわいさの健康管理で、
皆、それぞれが好きに生きている

世の中を悪くするものは作りたくない・・
しかしこれは余計なお世話で、
自分達には、益のないことなのだろうか

秋のはじめ
三城の工房はプロを目指す若者で、又賑やかになる


060830 _木の匠展の制作

家業を継ぐということは様々な難しい問題をクリアしないと実現しない
ご多分に漏れず、厨子仏壇への制作準備に、すでに何十年も要してしまっているが、思い入れも深いといえるのだろうか?

今回の展示は気の遠くなるような長い時間を経た日本の、伝統的な蔵作りの建物ということで、昔ながらの畳の空間、床の間への展示は、変えようのない真理空間に、新しい機能を持ち込むという自分への挑戦といった趣きで、慎重に制作にあたった

日本で鳥眼杢と呼ばれるカナダ産のバーズアイメープルの基部に、鍛銅で作る屋根というのは初めての試みで、色上げに何度も失敗をくり返してしまう

緑青は普通の錆と違って内部に浸透しない美しい色合いの錆びで、自然の機能を生かした智恵だが、短時間に錆びさせるのは難しい。「たんぱん」と呼ばれる液体は、銅に緑青を発生させたり、銀などの金属の古美をだすための「色上げ」と呼ばれる技法に使う素材。これを用いて試してみたが、なかなかいい色合いにならない。妙にぼてっとした、明るすぎる釣り合いの悪いものとなってしまい、何度も試すうち、今回は思い切って作り直すことにした。
次回は経験の深い井尾さんに教えを請うことにしよう

※たんぱん液・硫酸銅30g・塩・酢

今回の色上げは、これは何度も経験した硫黄液(ムトウハップという製品名で薬局で売られていて、ふろにいれると殺菌効果のある温泉になる)による黒色仕上げ。これはなかなかいい古美がついて、やはり現代の塗料ではこの味は出ないと実感した

細かい作業もうまくなった息子に木部の細工を練習がてら手伝ってもらい、内部上面に金箔をはり、INORI像をほんのりと浮かび上がらすように・・これも初めてであった

新作のベンチ

これは、ぼちぼち手慣れた仕事といえるかも知れない
相変わらずにも、手鉋の座ぐり、サンドペーパー排除手鉋の痕跡、黒錆の鍛鉄、真鍮の渦巻きである

「木の匠たち」展の思い出


060824 _庭で


搬入を明日に控え、若者が連日夜更けまで、会場の段取りをしてくれていている
夕方の庭に、僕は、久しぶり、普段任せきりの犬たちと降りてみる


撮り終えた仕事を整理し、自分が思い描いたものは、これほどでしかなかったかという思いは、いつものように頭をよぎるが、期日というものが、一種の諦めと、納得を促して、気持ちは一段落する


出来上がった作品はつたなくても、精一杯打ち込んで得られる満足は
競争にやぶれても、きちんと走り終えたマラソンランナーに似ている
作品は、自分だけのみちのりなのだということが、若者達にもきっと解る時がくるだろう

見られることは稀でも、秋の風情を精いっぱい発散させている愛しい植物たちのように・・


庭のもの言わぬ美しい生き物たち・・真剣に自分をみつめる若者たち
重たいものに息が切れるようになった僕は、彼らにこのことを伝えよう


一足早い秋のはじまりと冬の予感、またこの庭を歩き
工房の若者への敬意を新たにする
中町には、どのような方々がいらしてくれるだろうか?
それから心地よい疲れのなかで、明日からの展示を楽しく空想する



060817_祈り・夏 の おもいで



I n o r i

彫りおわると、すでに影は長い
この年になって始めた木彫、展覧出品の制作に先が見え、安堵の夕餉
仮眠から醒めると、仕事場の片づけを済ませた若者が談笑していて、涼しくなった夏の夜はまだ長い

またたく間に通り過ぎる高原の夏。ひんやりとした空気に、秋の虫が彩りを添えているが、それは今は灼熱となってしまった都心での、遠い少年時代の、幻のような時間と重なっている
急ぎすぎたような変化、大切な物事が破壊に向かった瞬間の、豊かな時代の幸せな思い出が瞼に浮かび、厳しい残暑の一日の終わり、僕は工房で祈り、素敵な夢をみる
あのときのような清らかな空気・冷たい井戸水・家族や仲間との談笑
貧しく、いたわりあい、助け合ったひとびと、打ち込む仕事が張り合いの日々・・・

なぜだろう? ものばかりが溢れ、奪い合いながら目的の見えなくなった僕達


平安な日々、力のある、笑いが溢れる社会
やはり大切なものは、他にそれほど見あたらない


7月8月は毎年楽しい思い出が積み重なる

工房を訪れてくれた悪意のない人々、純粋な子ども、意欲のある若者と過ごした楽しいひととき
そして、インスピレーション

この夏のような、あたりまえすぎるような時間が永遠であればと、手を動かし続けたい

これからいくつ彫ることが出来るだろうか?
これは未熟な、「INORI_96夏_1 」、_2_3_4・・というように連番を印すことにしよう



THANX !!!

0607019 _旅行の楽しみ_ヒスイ海岸へ   

13日〜15日、昨年に続き工房行事となった日本海ヒスイ海岸行、今年は三城仲間、阿部大樹くん参加で総勢六名、ナビのついたレンタカーにお気に入り生活道具を詰め込み、曇り空の7時三城出発、松本街道147号は、大町まで高瀬川に沿って走り、市街地を避けると快適、昨夜用意のおにぎりの車中朝食が旨く、作ってくれた三日間のためのIPODも流れて、このあたりからバカンス気分いよいよ高まる

仁科三湖〜白馬〜小谷、そして雨飾山の麓あたり、濁流の姫川支流などなど、人は太刀打ちできそうもない過酷な自然を心に刻むうち、まもなく糸魚川、急に視界は開けて、工房から3時間弱にて、山から海への急激視野転換、 糸魚川 IC〜親不知 IC、北陸道一区間は穏やかな日本海を眺め、8号線を富山方面へ30分ほど
子供が美ヶ原分校のころ、毎年先生が連れて行ってくださった市振海岸へ到着・・そういう先生は今あまりいないらしいが・・有難い思い出が甦る
犬たちは、さぞ楽しいのだろう・・・海の水の匂いを覚えている素振りで、思い思い、無心に水辺を走り回っている

山が海へと迫り、街道と鉄道と細長い日本海独特日本海沿い風景は、今年も閑散というか、静かといったらいいのか、信州ではあり得ない潮の香りの空気がおいしい
すぐに朝日ヒスイ海岸到着。雨模様にて場内はわれわれだけ、本来ペット禁止だからラッキー、チェックイン後、夕餉のおかず地魚やらの買い出しに

教えてもらった黒部魚センターは、地元観光地っぽく・・なくはなかったが、今夕いただく魚の物色は楽しく、一体さかなというのは何種類いるのでしょうか?山では味わえない感動
太平洋の魚を見慣れた目に、スーパーではみられない地元の魚が新鮮、刺身はなんだろうか?と尋ねて、気のいいおじさんは、太刀魚、赤いか、と勧めてくれる
目の前で威勢のいい若者の、手慣れた見事な出刃さばきに、一同感動するが、修練は尊敬に値して、こういう所作は、アートだと僕は思う




黒部はちょっと遠かったかな・・などと、雨の帰り車中は笑い声と初めて耳にする音楽
子供が小さい頃、海水浴BGMは、The Beach Boys、The Ventures、加山雄三、ワイルドワンズなど、そのころのカセットテープはさすがに色あせ、せいぜいMinnie Riperton・Lovin' Youぐらいのもの、若者お気に入り、ノラジョーンズなどなど、僕にもなかなかで、「時代」なのだろう

周辺は日本の誇る、ジッパーYKK本拠地らしく、地元活性化・・しかし、この日おろした僕のパンツは、今年の父の日に贈られたボタン式前あき・・「なにもそんなに便利にして、急ぐことはないよ・・」といった若者からのメッセージなのかも知れず、文明モノへの疑問であるのか、自宅を離れ二三日過ごすと、とれそうなボタンを直したり、爪を切ったりしたくなるのは、なぜだろうか?笑

朝日に戻り地元スーパーで、冷えたビールやら買い足し、海岸沿いを走ると、潮風に洗われた木の外壁の張られた素朴な民家、立派な神社、寺など目に入り、小さな頃、葉山森戸海岸への海水浴行きの思い出など、懐かしく頭をかすめる。ふるびる建物は美しいと思う。現代の建材による建造物は古くなると、すさびて、有害な廃棄物となるだろう。次の世代に迷惑のかからない生き方をしたいものだと思う

キャビン脇の素敵な芝生にタープを張る
キャンプ初心者、経験浅い若者に小生・・こういう時代「いつかこんなことをする必要もあるかも知れない・・」っっと、急がない・腹を立てないが、今年の目標であったか・・よせばいいのが、キャンプの効用など、ついつい説教をやってしまった


それでもなんとか立ち上がりつつあるアウトドアダイニング横目、すでにビールの栓は抜かれ、かすかな波音耳に、小生ほろ酔い、炭の熾り具合も順調、食卓セッッティンは三城そのまま、俄然我が家らしくなる・・・例の三脚はなかなか、やはり鉄のほうがよかったか・・

いか、えび、太刀魚の刺身に、縞鯛、キジハタというさかなの炭焼、一同感激のもとゴキゲン至極にて乾杯
地元おすすめ黒部の刺身醤油は、とろりとして甘みに嫌みがなく、日本海の魚にたしかによく合い、買って帰るか、、、味噌、醤油、日本酒ローカルは、千差万別の美味しさで、旅の愉しみ

深見君・パナソニック望遠12倍をうれしげにぶらさげ、写真の愉しみに目覚めた様子・・
石川真帆さんはいつもながらのてきぱきサービス、三城仕込み、大樹君はさすが山の子でまことに要領よし
小生のシャッターはあまり動かず、写真が飽きたのであるか、そうではないのか・・
ラッキー夕暮れシャッターチャンスは若者におまかせ、息子とホワイトバランスがドーノ、被写界深度云々の講義、しかし風邪気味早めのダウン、僕の寝て知らぬうち、皆で温泉へいってきたとの、夢見話が楽しい


海辺で読むのを楽しみにしていた本「パララギ」が、義兄から前日に届いたのは梅雨の太陽とともに幸運、旅行の楽しみのひとつは、最低限のお気に入り道具、一冊の本による快適な非日常、世にモノが溢れてはいるが、どれほどのものが美しく、いとおしいのだろうか?


高尚なブラックユーモア、この本は、1970年代にサモアの酋長ツイアビがみたヨーロッパ旅行記で、パララギとはヨーロッパ民族・白人のこと、ドイツ人ショイルマンがまとめ、1980年岡崎照男さんが18才の妹さんのために訳し、文明の進み具合が、どこかヘンだと思っている人たちにも読んで欲しいと発刊されたもの。ツイアビが感じた疑問がつぎつぎと展開して「世の中に溢れるさまざまなものが、僕達を貧しくしている」との、現実に結びついて、笑いは陰をひそめる

『ハパラギの生き方は、サバイまで舟で行くのに、岸を離れるとすぐ、サバイへ着くのに時間ほどのくらいかかるかと考える男に似ていると言えるだろう。彼は考える。だが、舟旅のあいだじゅう、まわりに広がる美しい景色を見ようとはしない。やがて左の岸に山の背が迫る。それをちらっと見ただけで、もう止まらない

あの山のうしろにはいったい何があるだろう。おそらく湾があるのだろう。深いのかな?・せまいのかなー・こういう考えのためにもう、若者たちといっしょに歌っていた舟唄どころではなくなってしまう。若い娘たちの冗談も聞こえなくなってしまう。

湾と山の背が過ぎ去ると、また新しい考えが彼を悩ます。「夕方までに嵐になるのじゃないか」 そう、嵐になるのじゃないか。彼は晴れた空に黒雲をさがす。来るかもしれない嵐について思いわずらう。嵐は来ずに、夕方ぶじサバイに着く。ところがこれでは、旅行はしなかったのと同然だ。なぜなら彼の思いはいつも彼のからだを離れ、舟を離れて遠くにあったのだから。これならウポルの自分の小屋に寝ていたのと変わらない。』※「考えるという重い病気」から引用


海水浴の楽しみは、無心に海水を浴びること、日常からの解放が魅力なはずなのに、パパラギはさまざまに思いを巡らして、いらぬ心配をしている・・鴎をみよ、、スケッチはしないほうがいいし、本も読まぬ方がいい、留守に泥棒が入っても持って行くものはないし、漆が乾いているかなどなど、、まして借金の心配などもってのほかである(汗)

人気のない、美しいプライベートビーチ、若者や犬たちの生き方は正直で魅力的。
義兄に感謝しつつ・・・やはりいろいろ考えてしまったヒスイ海岸海水浴、思い思いのお気に入りきれいな石を土産に、梅雨時にして、まこと恵まれた三日を過ごさせていただき、帰り道、去年とおなじ小谷温泉道の駅へ寄ってはみたものの、若者は、日焼けが痛く、温泉には入ること不可能、次の松川村では道の駅にてソフトクリームやら、おみやげやら手に入れ、わんわんオシッコタイムも無事完了・・・
涼しい信州へ夕刻、無事に楽しく戻ったのであります

THANX!!!


060707 _梅雨のひととき_夕餉時
七夕、笹百合が匂い、やまもみじが2度目の赤い葉を出すと夏も近い
以前からスケッチしていた金属の三脚は、ヒスイ海岸計画に向けて完成しそうな気配となり、東急ハンズへ真鍮球を手配した。難しい蝋付けの仕事が残っているが、日本海の楽しい思い出に一役買うことになるだろう

重力と真理とか原理といえるかもしれない、無理かと諦めかけたが、1ミリ単位で微妙に調整が終わると嘘のように安定して、楽しかった。これほど無駄のない仕事はなく、余計を捨て去った美しいものになるだろう

知恵の輪のようで子ども達は頭の体操になって、喜ぶかもしれない・・
が、販売するとなると、火は熱いんだよと、何度も根気よく教えなければならないだろう
火皿を使って下さる S氏、T氏、いろいろな方にご案内してみよう
僕のオススメショッピングに載せたら、少々冗談ぽくて楽しいかも知れない・・


夕餉時、さっそくテストとなる。
メニューは、旬の蕪のみそ汁、深見君は、すりばちの扱いもうまくなり、出し汁をとる張り合いもおおきくなった。削りたての鰹節を落とすと湯の中でおどり、たちまち味噌と鰹の新鮮な香りが緑と混じって漂う

片アームの椅子の紹介に使う書類を真帆さんに頼んだが、やっかいなパソコン仕事は順調に進んでいた
プロに頼むほどのこともないとは思ったものの、難解なソフトウエアで、ギブアップかと恐れていたが、なんなくこなしてくれた
CADも、エクセルも、インデザインも、彼女はとても楽しいといって頼もしい
好きこそものの上手というものか・・

FMニュースでまた母親を殺したと伝えている
生きがいとかニートとか、原因を解明しようと騒ぐが、よほどむづかしい社会問題なのだろう

JBLから、DELIUS・「In a Summer Garden」を流し、 ものが少ないと話してくれたO君のイギリス旅行に思いを馳せてみる。目をつむり僕の知らない情景が連想できるメロディがうれしい

日本は、なぜいらないものに溢れているのか?
産業革命で懲りたのではないかと言ったが、間違いはやってみないと身にしみないものなのかもしれない
百合が強く匂う。このような満足した時間は、なぜか久しぶりのような気がする


息子が畑から持ってきたバジルが、かわいい湾曲した葉を増やしてきた
挫折した僕の盆栽の、台がよく似合っている

今年の海水浴は2泊に決まって皆楽しみにしている
梅雨は明けるだろうか?人数が減り淋しいのか、なお打ち解けるのか?
いずれそのうち、張り合いのある人生を夢見る素敵な若者がやってくるだろう
しばしの静けさかもしれない。風邪をひいて意地を張りすぎたが、もう無理はつつしまなければ迷惑をかけることになる

海水浴が終わると、古材を使う飾棚の仕事が始まるかも知れない
初めての長岡へ納品するテーブルのオールドオークは、思いで深くてなにやら別れが惜しい
展覧会の出品物を決めるのも、大いに楽しみで、いよいよである
そして娘がちょっとした手術をする日が近づく
無事を祈るほか、もどかしい僕に手がない