「栗材摺漆仕上 鑿目の盆」1995年




「 鑿目盆 」
澄み切った青空の下冬支度が始まる。斧が勘所にヒットし、スカ〜ンという音と共に薪が真っ二つに木が割れた瞬間は感動するが、割れることが、木でものを作るものにとっては悩みの種となる。
これをカバーするために、樹を木目に沿った長い板や棒に一度加工し、再び組みあげることを大昔に考え出して、これが強さと軽やかさを求めた指物という仕事の原点であり特徴でもある。ところが木は巾方向にだけ伸縮するという、もう一つの性質を持っていて、指物の盆は見事ではあるが扱いに気を使い、日常には使いづらい。


円運動するフライスで中仕上げ

伝統工藝展に傾倒していた時代に作ってきた指物の盆に対して、日常使いの美しい盆を目指すと、この相反する木の性質が災いする。とくに指物は形に制約が大きいこともあって、あるときから盆は彫り物で作ろうということに落ち着いたが、縁の形が難しすぎてなかなか手が出せずにいた。1995年にようやく完成した盆が気に入り、以来この形の盆をいくつも作ったが、売れ残った栃の盆一枚をみると、僕の宝物となった仕事の記憶が甦ってくる。


通常縁の厚みは7mmから9mm、落としても割れないよう15mmから18mmと存外な厚みを想定した。盆の扱いやすさと美しさは縁次第だが、ぶつけやすい木口が割れないような、重い太い縁は余分が残り粗野で下品になりやすい。
取り去り過ぎるとよわよわしく貧相になり、しかも木工の場合は元に戻ることができず、ペーパーをかけない鑿や鉋の刃跡を生かす仕上げに迷いは禁物で、目標に向かう決断とスピードと潔さを求められる。
立ち上がりを45度にして手取りをよくすること、工夫した鑿で形に変化を与えるこことと、底を薄造りにすることで、実際の重さだけではなく、感覚的な軽やかさと品位を実現しようと図面をひいてはみたものの、こういった勘仕事は想像以上に難儀する。

縁の鑿目は、刃裏を平らに研ぎ上げる通常の鑿では、接線が神経質になって意に沿わない。上野の光悦にて買い求めた突き鑿の刃裏を、ゆるやかなアールに研ぎ直すことで、ようやくふっくらとしたやさしい満足のいく彫りとなった。
肝心の底は内ズミのラインをキリっと表現する必要がある。普通は引いて使う鉋だが、台尻を取りさった鉋を押して削り多角形の稜線を削り出すことにした。

鉋が削り出すさざ波紋は載せたものがすべることがなく、素材を生かした漆の仕事は五年も経つと美しく変化して輝きを増して永遠である。いいものに生まれ変われば、木と漆はいつまでも僕達と共存可能な素材で、手工具と人間の手が作り出す微妙な手触りに心が安らぐ理由は、人工素材を使う現代の機械仕事のように画一的でないことと、人の不完全さが醸し出す美しさといったものだろうか。完全を求めて個性を失い、不合理で美しくなくなってしまうことと対照的である。

「欅材摺漆仕上 さざなみ紋_朱縁の盆」1998年

「摺漆仕上五樹の盆」2000年

飽きのこないデザインとは、今までのように機能や視覚上の色や形だけを考えるだけでは不足で、自然との共存を問われている現代、僕達は日本人が培ってきた古い伝統をもう一度見直しながら創造に結びつける新鮮な感覚を問われている。日本人が大切にしている触感という感覚を表現しながら、経過する時間の審査に耐えるという条件を満たしている必要があって、そういった理想を掲げることが本当のロハスな精神に基づいた製作なのかもしれない。

樹は孤独で独自な個性を発揮していて、木工は素材への敬意と信頼を仕事の最大の特徴としている。
樹が年月を経て培う模様は必然に従い、その過程できざまれた年輪は、いかなるグラフィックスをも凌いで美しい。それはとうてい人為の及ばない、長い時間をかけて創造された自然と神の成したデザインである。

百枚は彫っただろうか、、手許にあった松、栃、欅、栗、桑、楓など、使った木はさまざま。素材に合わせ微妙に太さを変えたり、朱溜、箔貼りの縁に仕上げた。
最後の摺漆を終えて僕の手を離れた瞬間、樹は見事に強く美しい盆に姿を変えて見るものを魅了した。
僕の満足は、樹というものに果たすことができた責務といったものかもしれない。