061214_日本人の精神性_白澤さんとの会話から 2

ささやかな贅沢_ 箸1


桑一位材・摺りうるし仕上げ面取りの箸


エジプトもイースター島も、樹を使い尽くして滅びたと聞くが、日本人が培ってきた昔からの知恵と工夫でお互いを生かし合う事ができれば、縄文弥生から続いてきた樹木と人間の共存の事実から覗えるように、地球はいつまでも続くだろうと思うのは時代錯誤の夢だろうか。
東京人がかって営んでいた武蔵野の雑木林とのつきあい方は賢明で、現在他の国でエネルギー源として使われている樹木は根こそぎ燃やされてしまい、森林破壊と空気汚染の原因になってしまっていて、このことは我が国でも、建築家具調度、木で作られた
ものを使い捨てている時代と同義で悲しい。

工房の生活は木を端材まで生かし、ロハスで不便を楽しみ、暖かく美味しく、心は豊かである。日本人の樹木とのつきあい方の伝統は深く、賢い歴史を持っていて、目減りしないように倹約しながら資源を使い捨てていく石油文明とは根本が違っている。


秋の栗おこわ

日本独自の木で作る箸、茶碗という道具は、農産物、海産物を神様が食べ、余りを人間が頂くという考えを基に、神と人が共に食事をする儀式のために作られたのがルーツで、神聖な道具は繰り返して使わずに、新調するという感覚があって、真新しく、清々しいものを尊ぶという日本人の精神性となっている。

この伝統は、神の依り代を新しくするために調度品など全て新しく整える伊勢神宮の式年遷宮に顕著で、育みながら有効に使うことで樹木が世代交代し、森林がリフレッシュする。日本の独特の美しい風景はこのようにして生まれ、人は樹に生かされながら日本の手仕事の伝統が守られ、伝承されてきたのだと思っている。

それにしても平民に使い切りは勿体ないと、漆が塗られ、箸が反復使用することが考えられたのは鎌倉時代で、僕達も作品の端材がでるととっておき、時折り、摺り漆仕上げの箸を制作する。
現代の箸はほとんどが機械生産だが、手作りで、きちんとした箸を削り出すには台鉋を使いこなす修練が必要で、長く飽きずに使われる品格の高い美しい作品に仕上げるには、理にかなった胴張りの曲線の削りだしと正確な面取り、摺りうるしと刷毛塗りうるしの技法のマスターに加え、美しいものを理解するセンスを身につけなければならない。

桑の箸は健康長寿脳卒中に防止になると古来からいわれ、一位の箸とともに正月の縁起物とされていて、こういった箸の文化は日本の正月の行事と共にありふれているようでいて世界に類のない木の国の特徴といえるだろう。

今年最後の仕事を仕上げるこのころ、慌ただしさと楽しみが同居して、おせちを作ったり、鏡餅を飾ったり、正月用の箸を拵えるのは楽しい。
今年あったもろもろを水に流して(借金は流せない・汗)墓参りをして新年を迎えるすがすがしさは、例年のこととはいえたった数十回、心して味わいたい。