061226_日本人の精神性_白澤さんとの会話から 4 

日本のお正月・しつらい_飾る_祀る


芦屋I氏邸で

歴史を刻むごとに、風習や風俗あるいはマナーとなることがらの中には、単に因襲となって、インテリアのビジョン構築や自身の創造の妨げとなる場合があります。

家庭の中での調度品、特に厨子仏壇は宗派などの決まりごとや習わしにとらわれやすい存在です。
形、大きさ、揃える周辺道具など、大半がそれらをこれまでの型どおりにしているというのは、厄介なことが起きると面倒だから、といった気持ちが先立つのかもしれませんね。

生活環境が西洋風になった現代では、仏壇の形やしつらいが変わっていくことはむしろ自然なのですが、昔ながらというのは、それらが家庭の中での最も大切な存在だからこそ、あたらずさわらずにしておこうといった感覚があるのかもしれません。世代での考え方の違いは大切で、すべてにあてはまるわけではありませんが、核家族のマンションで仏壇をどうするは、近い未来の暮らしかたの課題です。

遙か昔、正月と盆には氏神と祖先に思いを馳せて、簡素な板に野辺の花や僕達が口にする食べ物を供えたという祈りの起源は、住まうことや食べて生きていくための犠牲への感謝、地域や家族、自分のルーツの確認といったことが始まりです。
日本で発展してきた仏壇のかたちは檀家制度の成立以後の形式ですから、思っているほどには古い歴史があるというわけではありません。
厨子は大切なものをしまう箱のことで、仏壇も厨子に含まれます。以前修道院ヘお邪魔した折リ、キリスト教の祈りの場にも美しい厨子があり、パンとワインをいれるものとことでしたが、民族は違っても、大切なものを箱にしまうという思いは共通なのだと実感した憶えがあります。
天平時代、正倉院黒柿の厨子には食べ物を仕舞った記述があり、キッチン・厨房には同じ字を使います。

桑材の厨子

栃材擦りうるし仕上飾台とオブジェの椅子 2006年
  

日本では葬式が出たときに仏壇を新調するケースが多いので、何となく縁起が悪いものととらえる方が多いようですが、本来は死者を祀るためにつくるものではなく、大黒柱のようにその家を象徴するお目出度い大切なものと僕は思っています。

元気なうちから作品を楽しみたいというI氏の依頼で、今仏壇と飾り台を制作中です。
美しいものを床の間に飾っていた日本人の精神性、木と漆でものを作ってきた自然感を基礎に、現代の生活空間での「かざる、まつる」行為を一つのかたちにしています。

神社など、日本の建築の屋根のてりの形、鳥居や日本刀のカーブにみられる美しい自然の曲線は普遍性を備えた日本の伝統美といえるものですが、それらの要素を形に取り入れ、金属を組み合わせた筋交いと、金箔をほどこしたイニシャルでPX(平和)を表しています。

現代の若い人たちにとって日本のかたちは新鮮で、工房の若者も風呂敷などに日本の伝統美を感じているようです。機能というものは時代と共に消滅していきますが、美しいものは機能を離れて伝統美となります。自然に思いを馳せながら人生を歩んでいく道程からマイスタイルが生まれ出ていく楽しさは、今まで知らなかった自分発見ともいえて創造のよろこびと言えましょう。