お陰様で無事終了
2006年10月20日〜11月5日 _「手の復権展」

東急ハンズ新宿店にて



誰もきてくれなかったらどうしよう・・・晩秋の信州から都心へ・・・夜更けの会場準備を終えて、どうなることかとハラハラの幕開け・・・
大勢のご来場は小生の木工人生で頂いたご縁と、胸が熱くなりました。
皆様のご協力や応援をいただき、お陰様にて無事終了できたことを、一同感謝御礼申し上げます。
心温まる言葉をかけて頂き、多くの頂戴物をいただきましたことを重ねて御礼申し上げます。

自然を相手の日常から、夜更けのハンバーガーショップなどなど、東京都心の楽しさは、準備に明け暮れた後輩たちにとって新鮮な経験、人が創り出す機能とかたちを追求する僕たちは、多くの示唆とヒントを見いだせたような気がします。


人間らしい仕事とはなんだろう・・
産業革命に端を発した・スピード、均一性、持続といった、人間が作りだした機械の素晴らしさと、それを使うことによって失われつつあるハート・心の思索が今回のテーマとなりました。神・自然の成したデザインへの敬意、人が道具を作り使う意味と困難・・

大陸から伝わった台鉋の発生が意外と新しいものであること、祖父南斎が指物を始めた頃と一致していたことなどは、知らなかった事実で、僕が描くとなにやら難しくなりがちな絵も、楽しいグラフィックの映像となり会場に彩りを添えることが出来ました。トーク資料を作ってくれた息子に敬意感謝です。

台鉋という手工具
未だに機械に置き換えることの出来ない魅力的なこの道具が使われたのは室町以降とされていて、しかし沖縄首里城、正倉院御物や昔の木工藝品をみると定説は定かでなく、工房の歴史から推測しても数百年の時を経た台鉋の奥深い魅力は、手仕事を続けていく上で意義深いものと実感しています。人の仕事の不完全さの魅力や美しさといった事をよりどころに、機械と共存しながらこの道具に助けられてものを作る仕事の愉しみは、僕達のような専門家だけのものではなく、人だけがもつ創造の喜びといったら大げさでしょうか・・
各種学校での教材に記載のない指物道具としての「鉋」の資料を今後整備して未来の役に立てたいと思います。

生活道具をクリエートする
作品作りは人生をデザインすることでありました。伝統というものの重圧にとらわれていた若い頃、自然の中に移り住んで得られた自由な発想から生まれた三城移住当時の作品をお借り出来たことで、制作の原点「自由」を再認識いたしました。工房一同とらわれのない発想を大切に、創作の意義とクリエートの意味をこれからも考えます。




二十年前に作った思いで深い作品を手入れしながら、後輩に伝えたい心のこもった仕事の意味の反芻は、東急ハンズとの出会いからの30年、信州人となってからの多くの方々との出会いを改めて思いおこし、感謝の機会となりました。
拙作をお使い下さっている多くの友人に、心をこめて御礼を申し上げます。「手の復権」を心に刻み、人にとって大切なものごとを、工房一同追求いたします。今後ともよろしくご指導ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。
お世話になりました東急ハンズ新宿店のみなさまへ改めて心から御礼申し上げます。 

信濃毎日新聞へ載せて頂いた記事から 2006.10.27

松本市の工芸家、前田純一さん(58)が主宰する「前田木芸工房」が、手作りの木の家具などの展示会を、東京・JR新宿駅近くの「東急ハンズ新宿店」で開いている。「手の復権展?日本の手の仕事、愉(たの)しい」と題して、木や鉄、銅や和紙などを組み合わせた三十点を紹介。大量生産・消費の時代「自分の手でものを作る喜びをもう一度、思い起こして」との願いを込めた。同店六階の展示コーナー。繊細な木目のナラ材と、金粉をあしらった鉄を組み合わせた「祈りのいす」、わらのひもでランプの高さを調節できる「和紙と鍛鉄のランプ」、コロコロした銀の飾りが付いた鉄の火箸など、一品一品、丁寧に形作られた作品が並ぶ。 住まいや手作り関連の製品、道具、素材などを扱う同店の依頼に応じ、「手仕事のぬくもり」をクローズアップした企画展だ。前田さんが作った家具と、弟子たちが共同制作した作品を出品。二十年前に作った「ミュージックキャビネット」などは、今も自宅で使っている客から借りてきたという。 フランス語で「板」を意味するプランシュ」と題したシリーズは、タモ、ナラ、クリなど、素材も大きさもさまざまな、三本脚のミニサイズ家具。一枚の板を前に、わいてきた発想を大事にしたという。"くの字"形や、柔らかにカーブした台に、花瓶を飾る、酒とさかなを置く、など、発想次第でいろいろな使い方ができそうだ。

工房の弟子の一人、石川真帆さん(24)は、金づちで表面をたたき鍛えたアルミのプレートを作った。たたいた跡の模様が、手仕事ならではの、豊かな表情を醸している。「失敗もあるが、手でしかできない仕事があると思う」と話した。 前田さんは、東京の江戸指物師の三代目に生まれた。東急ハンズが創業し、神奈川県藤沢市に、小さな第一号店を開いたのは、三十年前。当時、同県鎌倉市に住んでいた前田さんは、ハンズに勤めていた知人の村井東志さん(56)に頼まれ、店で木工教室を何度か開いていた。 ハンズはその後、大きく成長し、店舗も増えた。今回の企画展は、改装した新宿店の「増床企画プランナー」を務める村井さんが依頼して実現した。「機械文明の中、何でも大量生産のもので手軽に済ませる時代。人の手の介在する道具を使うこと、自分で生活を豊かにつくることを、、もう一度、原点に返って呼び掛けたい」と村井さんは話す。

前田さんは八四年、自然豊かな環境に引かれ、松本に移住。自分たちの手で設計し建てた山間の工房では現在、五人の若い弟子が、住み込みで学ぶ。「今は作り手の顔や魂が見えない物があふれている」と前田さん。「道具を作り、使うのが人間の原点。何よりも、自分で作ることは、楽しいんですよ」と話している。 企画展は十一月五日まで。三日は午前十一時と午後四時の二回、前田さんと弟子たちによる「鉋(かんな)のお話」と題したトークイベントを開く。入場無料。


T H A N X !!!


予告「手の復権展」東急ハンズ 東京新宿店

会期10月20日 (金) 〜 11月5日(日)  10時〜午後8時30分まで
会期中トークイベント
 
10月22日(日)、11月3日(金) ※11:00 と 16:00
場所 東急ハンズ新宿店6F・エスカレーター前特設ステージ



展覧会趣旨

僕達は天使にも悪魔にもなる存在ゆえ、環境には怖いものがあったほうがいい。
ご先祖様だったり、火の神さまだったり、手長、足長のお化け、仁王様、仏像、キリスト、マリア様だったり、おっかない隣のじいさんや、ほんとはやさしいガキ大将や、師であったり・・

街角にもどこにも、昔はこわいものの存在があって「そんなことをするとお化けに食べられてしまうぞ」などと、子どもの頃、僕も恐ろしい夢をみて、夜中便所に行けなかった憶えがある。
ばちがあたる、親不孝子孝行(もちろん逆の場合もある)といった戒めは、弱い人間にとって不可欠だが、その意識の希薄な現代が、分別を失った大人と、わきまえを知らない子どもを大量生産している。

家庭というところは、家族にとってかえがたい安息の場所で、セコムが入り、現代機器が充実し、バリアフリーとなって、誰にも暖かく、怪我のしようもない居心地のよいところになるはずだった。

しかし虐待や暴力や、殺人さえも家の中の、珍しくもない出来事になってしまったのは、怖い存在が家の中になくなってしまったことも原因かと思うことがあり、これが設備や教育、あるいは法律では解決できないものごと、椅子の形を借りた、祈りのモチーフをスケッチする僕の動機となっている

東急ハンズ、手の復権展の会場は、新規オープンの6階エスカレーターを降りた正面、お客様の目には、「樹」が天から降りてきて、姿を変えたオブジェ、森林を思わせるような、人為の及ばない存在のような、椅子のように見えて、深い意味を考えたくなるような存在が、今回の展示での僕のメッセージ vol.1となった。
樹にとどまらずに、すべての生き物は同じ顔がないはずが、現代社会は、街並みまで個性がなくなり、だれもが同じ表情に見える。

現代の工場の仕事は、オリジナルデザインのひな形を、機械で正確にコピーする大量生産となり、人間性を疎外して、利潤を目的とする新規購入と消費を繰り返すが、それは、もの=地球資源ばかりでなく人の使い捨てと、有害廃棄物による環境汚染と引き替えに成り立っている。
 コンピュータなどの現代技術を駆使して世に出るものもの、木の仕事の場合は、素材にしみこんだ殺虫剤や防腐薬品、石油から作られた塗料と接着剤の揮発するガスが室内の空気を汚染し、いまや、僕達の健康や精神まで奪うまでになってしまった。
 そういう状況の中で、用が済むと捨てられていく樹木が不憫で、しかも作り手の顔や魂がみえない加工物を、樹に礼を欠くような気がし、僕は木工品と呼ばないことしている。
それは樹木が、他の命を犠牲にすることなく自分の生育に必要な栄養を創り出したり、二酸化炭素を酸素に換えて無償で人間に提供してくれるといった、とてもまねの出来ない手品やをするからでもあるが、なにより自然の造形美に僕は叶わぬと感じるからである。

大量に消費されるそうしたものものの氾濫は、作る人間ばかりか、社会全体をまるで同じ顔にしてしまったかのように錯覚し、巷間、中身のない人間が個性を競って、外面を繕う結果などとなって、こちらのはうが僕にとっては、はるかにお化けでこわい


プランシュ 〜さまざまな個性〜
工房には僕と5人の若者が、デザインの同じ物を作ることを自己の勉強課題としている。しかし樹のもののデザイン制作とは、人の前に、すでに神が成し終えている仕事のうえに成り立つもので、個性を生かした教育とは、このことではなかっただろうか?
自然を人間の都合で作り替える事が出来るなどと思えば、傲慢で、そのうちバチがあたるかもしれない。

樹のデザインを生かす努力の結果、作品は表情の異なるそれぞれになって生まれ出てくるが、それは各々が個性溢れる人間として成長したことの表れである。センスのよさというものがあるとすれば、どれほど美を理解できているか、ということになろうか?

当時、僕の出した提案はスケッチは紙にするのではなく、製材から上がった板にしてみよう、であった。
自然の木目を生かしてスケッチしなければいけない、という難題は、アルミ板も同じで、叩いた人の、個性溢れる作品となる可能性を秘めていた。
樹の個性を尊重しながら、デザイン制作し、工房の若者の定番となった様々な台は、使われる方のインスピレーションによって、同じように様々な使われ方をして頂いていて、「プランシュ・一枚の板」という名前を息子は考え出している。手の復権とはイコール、自然と人間性の復活である・・これは文明とふところだけが豊かになり、ハートを失いつつある我々へ向けた、問いかけ、メッセージ vol.2 となった


いのりの椅子

工芸作家


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